有識者会議を実質的にリードする者 ──東大法学部の影響力(金子宗徳)


里見日本文化学研究所所長・亜細亜大学非常勤講師 金子宗徳
「国体文化」平成28年12月号「主論」より
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 第一回目の模様
 十月十七日の夕方、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の第一回会合が総理大臣官邸で開催された。有識者の六名〔今井・小幡・清家・御厨・宮崎・山内〕は全員が出席し、政府からも八名が出席した。

 互選により今井が座長に選任された後、安倍首相は「今上陛下が現在八十二歳と御高齢であることも踏まえ、公務の負担軽減等を図るため、どのようなことができるのか、今後、様々な専門的な知見を有する方々の御意見もしっかり伺いながら、静かに議論を進めてまいりたい」、「国家の基本に係る極めて重要なことがらであり、予断を持つことなく、十分に御審議いただき、国民の皆様の様々な御意見を踏まえた提言を取りまとめていただけるよう、よろしくお願いしたい」などと挨拶したといふ。

 その後、座長の指名により御厨が座長代理に選任され、運営方法が話し合はれた結果、①会議じたいは非公開とするが議事概要を会議終了後一週間程度で公開すること、②会議で配付された資料は会議終了後直ちに公開することなどが決められた。

 続いて自由討議が行はれたが、席上、「この会議の役割としては、論点や課題を明確に国民に示すことが重要」、「できるだけ多くの真摯な御意見を聴いて、陛下にとっても国民にとっても最も良い結論を導いていくことが必要」、「様々な方策の抱える長所や短所を虚心に検討することが必要」などと慎重な審議を求める声が上がる一方、「御高齢となった陛下の御事情にかんがみるとき、慎重さを旨としながらも何よりもスピード感を持って検討を進めることが重要」との指摘もなされたといふ。また、「しっかりと静謐な環境を確保して議論することが必要」との発言もあつたやうだが、我らとしても冷静な議論を心掛けたい。

 また、事務局から「皇室制度関係資料」が配付され、解説が行はれた。これは、「皇室関係法令の全体像」・「皇室典範の概要」・「皇室経済制度等の概要」・「憲法における天皇に関する主な国会答弁等」を要領よくまとめたものである。

 最後に、座長から「憲法や歴史、皇室制度などの様々な専門的な知見を有する方々からヒアリングをしっかり行った上で、国民世論も踏まえ、それらの意見も参考に提言を取りまとめていくこと」が提案され、了承された。具体的には、十数人の有識者に対し、一人あたり二十分程度の意見表明と十分程度の意見交換の場を与へるといふもので、事務局が用意した資料には聴取項目として以下の八つが挙げられてゐる。

① 日本国憲法における天皇の役割をどう考えるか。
② ①を踏まえ、天皇の国事行為や公的行為などの御公務はどうあるべきと考えるか。
③ 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として何が考えられるか。
④ 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として、憲法第5条に基づき、摂政を設置することについてどう考えるか。
⑤ 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として、憲法第4条第2項に基づき、国事行為を委任することについてどう考えるか。
⑥ 天皇が御高齢となられた場合において、天皇が退位することについてどう考えるか。
⑦ 天皇が退位できるようにする場合、今後のどの天皇にも適用できる制度とすべきか。
⑧ 天皇が退位した場合において、その御身位や御活動はどうあるべきと考えるか。

 この聴取項目からは、「御譲位先にありき」ではなく、臨時代行や摂政の可能性も残して置きたいといふ思惑が窺へるが、それ以上に問題とすべきは①と②である。天皇が歴史的に果たしてきた役割について問ふならともかく、なぜ「日本国憲法における天皇の役割」に限定して論じなければならぬのか。

 有識者会議における官僚の存在感
 以上、第一回会合の流れを振り返つてみたが、実際に議論を主導してゐるのは誰か。座長の今井でも座長代理の御厨でもなく、事務局として資料や原案を作成する高級官僚たちが主導してゐると思ふのは私だけであろうか。

 政府側出席者のうち、国会議員でもある安倍晋三(内閣総理大臣)・菅義偉(内閣官房長官)・衛藤晟一(内閣総理大臣補佐官)三名を除く、純然たる官僚は以下の五名である。

杉田和博(75)  内閣官房副長官
古谷一之(61)  内閣官房副長官補
山﨑重孝(55)  内閣総務官
近藤正春(60)  内閣法制次長
西村泰彦(61)  宮内庁次長

 内閣官房副長官は内閣官房長官を補佐する役職で、定員三名のうち政務担当の二名は衆参両院から一名づつ選ばれるが、事務担当の一名は帝国憲法下における内閣法制局長に相当する役職とされ、旧内務省系官庁のうち警察庁・旧自治省・旧厚生省の出身者で事務次官級のポストを経験した者から選ばれるのが慣例とされる。杉田も東大法学部卒業後、警察庁に奉職。ほぼ一貫して警備・公安畑を歩み、平成七年の地下鉄サリン事件においては、警備局長として捜査を指揮する。その後も、内閣情報調査室長・内閣情報官として政府による情報収集活動を統括してきた。また、内閣官房に置かれた皇室典範改正準備室を統括してゐる。

 その副長官を支へる存在として三名(内政担当、外政担当、安全保障・危機管理担当)の副長官補が置かれ、各省庁の連絡調整を担つてゐる。内政担当の古谷は東大法学部卒業後、大蔵省(現在の財務省)に奉職。主税局長・国税庁長官等を歴任した人物である。

 内閣総務官は以前の内閣主席参事官に相当する役職である。各省庁から出向した内閣審議官(局次長級)や内閣参事官(課長級)などを指揮し、内閣官房の庶務的な事項を処理することを主な職務とするが、宮中への上奏、国会との連絡調整など重要な任務も司る。山﨑は東大法学部卒業後、自治省(現在の総務省)に奉職。総務省官房審議官などを歴任した後、内閣官房に出向し、審議官などを経て現職。

 内閣法制局は内閣の下で法案や法制についての審査・調査等を行ふ機関であり、閣議決定に先立つて現行法の見地から問題がないかを審査するなど、その権限は極めて大きい。その職員は独自採用ではなく、各省庁から参事官以上を出向で受け入れてゐるが、山田も東大法学部卒業後、通商産業省(現在の経済産業省)に奉職。その後、法制局に出向して法制局第一部長などを経て現職。次長は法制局においては長官に次ぐ役職で、次期長官と目されてゐる。

 宮内庁次長は長官に次ぐ役職。西村は東大法学部卒業後、警察庁に奉職。沖縄県警本部長として九州・沖縄サミットの警備を指揮したほか、警備局長や警視総監を務める。その後、内閣危機管理監を経て、平成二十八年九月二十六日に次長に就任したばかりだ。

 以上の顔触れを見るに、有識者会議の基本的流れは杉田と西村といふ警察官僚OBによつて作られると見て良いだらう。

 第二回目の模様
 第二回目会合は、十月二十七日の夕方に総理大臣官邸で開催された。有識者は全六名が出席。官僚は先に挙げた五名に加へて平川薫・内閣審議官(46)が出席してゐる。平川もまた、東京大学法学部出身で、自治省(現在の総務省)に奉職した後に内閣官房に出向したといふ典型的な高級官僚だ。

 まづ最初に、有識者ヒアリングについて、事務局から「有識者会議において、天皇の公務の負担軽減等を図るため、どのようなことができるのかを検討する」にあたつて参考とすべく、十一月中に以下の十六人からヒアリングを行ふとの提案がなされた。

石原信雄(89)  元内閣官房副長官
今谷 明(74)  帝京大学特任教授
岩井克己(69)  ジャーナリスト
大石 眞(65)  京都大学大学院教授
大原康男(74)  國學院大學名誉教授
笠原英彦(60)  慶應義塾大学教授
櫻井よしこ(71) ジャーナリスト
園部逸夫(87)  元最高裁判所判事
高橋和之(73)  東京大学名誉教授
所 功(74)   京都産業大学名誉教授
平川祐弘(85)  東京大学名誉教授
古川隆久(54)  日本大学教授
保阪正康(77)  ノンフィクション作家
百地 章(70)  国士舘大学大学院客員教授
八木秀次(54)  麗澤大学教授
渡部昇一(86)  上智大学名誉教授

 この人選について、事務局は「予断を持つことなく議論を進めるため、様々な専門家の意見を幅広く聴取する」といふ観点から、「今回の問題が報じられて以降、有識者の見解が報道等で多数引用されていることから、それらの報道等での引用頻度も参考と」しつゝ、「今回の問題に深く関わる分野である皇室制度、歴史、憲法の三分野を中核とし、これらの分野の権威である専門家を基本として選定」したといふ。確かに、本誌(九月号・十月号)の「『譲位』に関する発言・論文集成①②」には、石原・笠原・高橋を除く十三名の発言が掲載されてゐる。

 この人選に関し、「強いて言えば、ヒアリング対象者に女性が一人しかいないことが気になるが、あまり本件について発言している女性がいないのでやむを得ないか」との意見があつた。埼玉大学名誉教授の長谷川三千子(70)あたり適任と思はれるが、なぜ選ばれなかつたのだらうか。

 また、五十代が二名、六十代が三名である一方、七十代が七名、八十代が四名といふヒアリング対象者の年齢的偏りを意識してか「一部の専門家の意見だけではなく、一般国民、特に若い層がどう思っているかについて知っておく必要があるのではないか」との発言もあつたといふ。しかし、専門的知見の持ち主といふ観点からすれば当然のことゝ云へなくもない。

 やゝ意外であつたのは、メディアにおいて積極的な発言を行ひ、皇室典範改正試案も既に発表してゐる高森明勅(59)が選ばれなかつたこと。同じ五十代の人物が選ばれてゐる以上、年齢の問題とは思へず、その主張ゆゑ事務局に忌避されたのか。たゞ、「本件に関し、医学的、健康学的観点の有識者の見解も参考になると思う。今回の案件で発言されているこの分野の有識者はあまり見受けられないので難しいのかもしれないが、今後いろいろな可能性も考えてほしい」と追加のヒアリング実施を望む声もあつたので、事務局の善処を期待したい。

 続いて、「天皇陛下の御活動の状況及び摂政等の過去の事例」について事務局から説明がなされ、質疑応答が行はれた。

 公的行為の意義
 その配付資料によれば、天皇の行為は以下の三つないし四つに分けられる。

【一】 国事行為
 天皇が、国家機関として、内閣の助言と承認に基づいて行う行為であり、憲法第六条、第七条、第四条第二項に定められた行為。
【二】 公的行為
 憲法に定める国事行為以外の行為で、天皇が象徴としての地位に基づいて公的な立場で行われるもの。
【三】 その他の行為
 国事行為及び公的行為以外の行為であるが、その内容において二つに区別される。
 ① 公的性格・公的色彩を有するもの
 ② 純粋に私的なもの

 このうち負担軽減の対象となる「公務」は、宮中祭祀など【三の②】を除く全てだ。そのうち、憲法に定めがある【一】を取り止めることは不可能であり、再検討の対象は【二】および【三の①】といふことにならう。その大半を占める【二】について、資料には左記の具体例が示されてゐる。

・認証官任命式
・新年一般参賀、天皇誕生日一般参賀・祝賀
・講書始の儀、歌会始の儀
・春・秋の園遊会
・拝謁(勲章・褒章受章者、被表彰者)
・御会見(国賓)、御引見(外国賓客・外国大公使)
・宮中晩餐(国賓)、午餐(公賓、大臣、駐日大使御夫妻)
・お茶(日本芸術院賞受賞者、日本学士院賞受賞者)
・全国植樹祭、国民体育大会、豊かな海づくり大会、災害お見舞い、地方事情御視察
・国会開会式、全国戦没者追悼式、学士院授賞式、芸術院授賞式、国賓御訪問、東日本大震災追悼式
・外国御訪問

 昨年、今上陛下は、これら大小の行事に臨まれること四七五回、皇居勤労奉仕団に対する御会釈を合はせると五二九回に及ぶといふ。陛下の御精励ぶり感謝申し上げると共に、満八十二歳を迎へられた陛下の御心身が実に心配である。

 当然のことながら、これまでも行事じたいを取り止めたり、皇太子同妃両殿下などに役目を譲られるといふ形で公的行為の見直しが計られてきた。御譲位に批判的な論者の中には、「可能な限り、皇居奥深くにおられることを第一とし、国民の前にお出ましにならないことである」〔加地伸行〕、「皇太子殿下に摂政となっていただき、公務に出て頂くということでよいのではないか」〔渡部昇一〕と、陛下が一般国民の前に姿を現す必要などないと「公的行為」を軽視する向きがある。

 果たして、さうだらうか。本誌九月号にも記した通り、限られたエリートのみならず、広く国民の思ひを「聞こし召し、知らし召す」ことこそ天皇統治の本質である以上、「公的行為」の意義は極めて大きいと云はざるを得ない。

 ところで、負担軽減の対象を「公務」に限定する事務局の説明に対し、ある有識者は「『その他の行為』の中でも純粋に私的な行為というのは、実は非常に限られてくるのではないか。今回の会議のテーマは公務の負担軽減等だが、宮中祭祀などその他の行為も含め全体として天皇陛下の負担軽減を考えていく必要があるのでないか」と述べたといふ。これは、祭祀簡略化に繋がりかねぬ意見であり、今後の議論を注視していく必要があらう。

 紙幅の関係もあるため、この問題に深入りすることは避けたいが、「皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」と陛下も述べられてゐることからしても、「公的行為」と「祭祀」は不即不離のものと考へるべきだ。である以上、御負担軽減といふ美名を掲げ、いづれかを優先すべきとか、「御存在」さへされゝば良いとか云ふものではあるまい。

 東大名誉教授の警戒すべき「象徴的行為」論
 この「公的行為」の位置づけに関して、ヒアリング対象者の一人である高橋和之は、『世界』〔十二月号〕に「天皇の『お気持ち』表明に思う――『象徴的行為』論への困惑」と題する長めの論考を執筆してゐる。

 高橋は宮沢俊義・芦部信喜といふ東大憲法学の正系を継ぐ人物である。その上、先に述べたやうに、事務局を担ふ高級官僚六名が全て東大法学部の出身であることからして、その影響力は無視できない。

 この論考においては、「生前退位」の是非ではなく、日本国憲法の下で「何のために退位制度を創設するか」が主たる問題とされてゐるが、この問題意識こそ、先に触れたヒアリング聴取項目の①と②と密接に関るものであり、項目の設定に当つて事務局が高橋に御伺ひを立てた可能性も否定できぬ。

 高橋は、陛下の「天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました」といふ「お言葉」について、次のやうな見解を示してゐる。

 自己が象徴する「国民統合」を政治権力により上から形成するのではなく(そのような権力は憲法により否定された)、国民意識の基層に働きかけて国民との絆を形成・維持・強化することを通じて行うことに、自己の役割を見出したということができよう。

 この認識に異論はない。問題は、その法的位置づけを巡る以下の記述である。

 私の立場からは、象徴としての行為などというものは存在しないし、かりに象徴としての行為を認めるとしても、それは「公務」ではありえない。こう述べたからといって、そのような行為が憲法上禁止されていると言っているのではない。その逆で、天皇がこれまで「象徴としての行為」として行ってきたことは、憲法上許容されるものであり、国民によって好感と感謝をもって受け入れられてきた。ただ、私の言いたいことは、それを行うかどうかは、天皇が自己の責任において決定すべきことであり、決して「公務」ではないということである。国民と情感を通わせることが「公務」であるなどということは、我々の心理において受け入れがたいし、天皇の真意でもないと思う。したがって、それは公務ではなく、心情の発露として天皇自身の私的な判断として行うべきことだと思う。

 こゝで、高橋は陛下が「象徴」として行はれたきた「公的行為」を陛下の個人的判断に基づくものとしてゐるが、これは天皇の本質を無視した議論と云はざるを得ない。古来、天皇は統治機構や経済システムの基底にある生命共同体=国体の中心に坐す御存在であつた。かつての摂関や征夷大将軍、あるいは今日の内閣総理大臣などに統治権を委ねられることはあつても、「国民意識の基層に働きかけて国民との絆を形成・維持・強化」あそばされる御実力、里見岸雄の表現によれば
「統治実」を一貫して有してこられた。それは、日本国憲法の枠内における公私の別を超えた「至公」の力ともいふべきであり、だからこそ、「統治実」を次世代に譲りたいといふ陛下の「お言葉」を大半の国民は謹んで承つたのではないか。

 さうした社会的事実を枉げて、日本国憲法の枠内に天皇を押し込めようとする東大法学部出身者の動きこそ、実は最も警戒すべきかもしれない。
〔十一月十三日〕