Category Archives: 01 里見博士論文

国体規範論 中(71)(里見岸雄)

日本国体学会総裁・法学博士 里見岸雄

  第二項 ポツダム宣言の受諾と憲法改正
   第六款 憲法改正草案の発表及び帝国議会の審議と公布
    第四目 所謂国体問題の審議
     ㈦ 象徴と大権及び無答責

総裁非常訓辞(昭和二十年八月十六日)

総裁非常訓辞

 四ヶ年に亘る一億国民非常挺身の功も空しく、万事休せり矣 昨十五日玉音を拝聴して感極まり言ふべき処を識らず。
 回顧すれば六月八日総裁訓辞第一に於て予は予め斯くの如き事態を杞憂してひそかに腹中を吐露しおけるも、思はざりき僅か二ヶ月余にしてこれをわが悲しき現実の覚悟とせんとは。夢か、夢にてあれ、幻か、幻にてあれ! 然れども、悲痛の事実は眼前にありて峻烈過酷を極めたり。民の茫然自失必ずしも責むべきに非ずといふべし。吾等多年の血叫唱導終に国に用ひられざりしこと実に千載の恨なりと雖も亦これわれらの微力至誠天に通ぜざりしを思ふ時、懺悔、大懺悔真に身を斬らるるに超えたり。聖断既に下れり、我等は身を以て真日本の建設に邁進せざるべからず。国運の復興国力の恢弘断じて今後十年乃至二十年の間に在らん。

 落胆する勿れ、奮発せよ。自棄する勿れ、誓願に生くべし。わが大日本帝国は二千六百五年にして真の国体顕現の歴史に入れり。転禍為福の妙義蓋し、此時にあらん。われら神罰を拝受し、新しき神命の下、敢然国体顕揚の大事にいそしまん。熱涙の中に国体を仰視せよ。焼土の中より正義護国の大道念を燃えあがらせよ。日本国体学会の任務は、終に天によって下されたりといふべし。各々日本国体学会会員たる者は、今ぞ、至高絶対の新任務を負担すべき時を迎へたり。予は時局の推移を見てやがて東京に帰るを得ば、本会大活動の新方針につきて改めて、わが会員諸君に図らんとすることあり。乞ふ、精神を建養して静に待機せられんことを。

 真の日本はこれから也。何が何でも今度こそは国体顕現の日本にせずにはおかず、命限り、力限り、勃々たる興国の正気を発揚せざれば死すとも止まじ。

 我れ誓つて世の国体論を粛正せん。
 我れ誓つて国体政治の真義を開示せん。
 我れ誓つて国民不滅の精神を振起せん。

昭和二十年八月十六日

天壌無窮の皇運を確信しつつ     
里 見 岸 雄  
熱涙を呑みて之を謹記す


「総裁非常訓辞」は、昭和天皇の玉音放送を受けた翌朝、本会の創設者・里見岸雄が疎開先の秋田県比内町扇田で執筆され、全国各地の門下同志に送ったもの。

八紘一宇と八紘為宇

日本国体学会総裁・法学博士 里見岸雄

『八紘一宇と八紘為宇』 (昭和十六年十一月・里見日本文化学研究所)より抜粋

 (前略)「八紘一宇」と「八紘為宇」だが、成る程、日本書紀の原文には「一宇」といふ文字は見えないが「為宇」とはある。然し「八紘為宇」といふ語も見えない。原文にはかうある。

……然後兼 六合 以開 都。掩 八紘 而為 宇不 亦可 乎。

 即ち、「八紘為宇」などといふ熟語は全然ないのであつて、「八紘為宇」といふは、「掩八紘而為宇」の中から、任意に、「八紘」の二字と「為宇」の二字とを結びあはせて造つたものにほかならないのである。してみれば、「八紘一宇」だけが私製の語ではなく「八紘為宇」も亦同様私製の語であつて、前者だけがさかしらで、後者だけが「承詔必謹」だなどといふ馬鹿なことは言へない譯であらう。これで又一つ問題が片付いた。

 次に「八紘為宇」といふのは、「八紘を宇と為す」の意である。然るに、「八紘を宇と為す」即ち「八紘為宇」といふ熟語は、原文の「掩八紘而為宇」を完全に言ひあらはし得てゐるかが問題である。日本書紀には、単に「八紘を宇と為す」とあるのではない、「八紘を掩ふて宇と為す」とあるのである。「八紘を宇と為す」のと、「八紘を掩ふて宇と為す」のとでは大変な違ひである。「掩ふ」といふのは、おほふ、かばふ、をさめる、つゝむ、などの意味で一つにするの意味である。
 日本書紀の文章は、

兼六合
掩八紘

 とあつて、この「兼」と「掩」といふ文字がこの文章の性命なのである。これを予の先考が六合一都八紘一宇と熟語化し、明治三十七年に「世界統一の天業」といふ著述で日本国体の世界観と日本天皇の大業とを喝破したのである。されば六合を都とするのではなく、「六合を兼て以て都を開く」のであり、「八紘を宇と為す」のではなく「八紘を掩ふて宇と為す」のである。

 だから「八紘為宇」といふ熟語は、熟語そのものとして、原文の意を十分に表現し得たものとは言へないのである。つまり漢文の読書力の乏しい人か、文章の義を看破する力の無い人かの造つた熟語にほかならないのである。

 之れに反して、「八紘一宇」の語は、実によく「掩八紘而為宇」の句の思想的含蓄を表現し得たもので、日本国體皇道に基く崇高雄大なる世界観並びに天業を一語に攝盡し、且つ発揚し得たる泰山不動の妙熟語と曰はねばならぬ。

 唯一字の「一」といふ字で聖意を活現してゐるのである。

 単に「八紘を宇と為す」のではなく「八紘を掩ふて宇と為す」といふところにこの聖詔の思想の深さを見出し得ない者、即ち掩而といふ文字の存在がわからない様では熟語など彼是れ云々する資格がない。かつて、明治二十六年二月十日、在廷の臣僚及び帝国議会の各員に賜はれる詔勅に於て

古者、皇祖国ヲ肇ムルノ初ニ当リ、六合ヲ兼ネ、八紘ヲ掩フノ詔アリ

と仰せられたが、そこには「兼」と「掩」とが特に意義ある文字としてあげられてゐる。「八紘を掩ふ」て而して「宇と為す」のである。「八紘一宇」と熟語してこそ、この「掩八紘而為宇」の聖句を完全に表現し得るのであつて、これがまことの承詔必謹的造詣ある熟語なのである。

 だから、「八紘為宇」と曰ふのが、「掩八紘而為宇」の聖句のよりよき熟語であるなどといふ説は全く取るに足りない俗説で、漢文の十分に読めない人の造語に成れるものとしか思はれない。況して、「八紘一宇」といふは仏教家たる田中智學の造語ださうだ、何とか他に言ひ方がないものだらうか、などといふ反感などを基として「八紘為宇」でなければならぬ、などと言ひ出したものであるとせば、それをこそ、さかしらごとといふのである。世迷ひごとともいふべきである。況や既に「一宇」の語は詔勅に用ゐられ、秩父宮殿下又「八紘一宇」の御染筆ありし今日に於てをやである。

※ウェブサイトに掲載するにあたって、『日本書紀』中の返り点等は省略しました。詳しくは『国体文化』二十七年五月号を御覧下さい。

八紘一宇の世界を建てよう

日本国体学会総裁・法学博士 里見岸雄

『少年読本 八紘一宇 日本国体ガ世界ヲ一家ニスル話』 (昭和十五年十一月・錦正社)より

 支那事変の戦争が終わってしまへば、それでもう仕事は片づいた、と思ふ人があるならばそれは甚だしい不心得であります。戦争がすんでも東亜新秩序の建設がすんだわけではないからです。東亜新秩序が立派に出来あがらなければ、日本開闢以来例しなき代議制を払つて数年間に亘り大戦争をした事も水の泡となつてしまふではありませんか。 天皇陛下に対し奉つても亦戦死者の英霊に対しても何として申訳が立ちますか。又、東亜の新秩序が何年かかつて出来あがつても、欧米列強が、この新秩序に心よく思はず、機会があつたら叩いてやらうと待ちかまへてゐたり、又は、白人本位で有色人種をふみつけてゆく組織が依然世界のの大勢であるならば、折角築いた東洋平和も、いつ何時破壊されるかわかりません。だから世界はどうしても一大変革をしなければ正しい世界といはれないのです。常に、利害の為めに争つて、多くの人を殺し合ひ、いくたの物を破壊し消耗せねばならないやうな世界がいつまでもつゞいてゐることは人類の不名誉だといふべきです。

  よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ

明治天皇の世界を観そなはす大御心、それはすなはち日本の国体、日本の行動の精神、まことの日本精神です。やがて日本は、四海をうつて皆同胞とする新しい世界秩序建設の主力とならなkればならないのです。そもそも日本は、

 八紘一宇すなはち世界中を一軒の家のやうに仲よくさせる偉大な目的を以て、天業を行ふ力として国を建てたのではないか、あゝ、「八紘一宇を掩ふて宇と為さむ」、何といふ雄大な、何といふ崇高な大事業であらうか、世には動物のやうな人類や国家が余りに多い、その中に、二千六百年、否否もつと古くから、毅然として、
 世界の人類を救はねばならぬ、国といふ国、人といふ人に一大平和を与へなければならぬといふ一大誓願を起した国家が、万邦唯一の聖主に率ゐられて厳として地上に実在してゐるのです。三種神器を御覧なさい。
(一) 璽は慶を積むの道を示されたもの、すなはち世界の各国が互に無いものは与へあひ、全人類が兄弟のやうに力をあはせて幸福にしあふ経済の道のことです。世界一家の理想ではありませんか。
(二) 剣は正を養ふの道を示されたもの、すなはち世界の各国が、おのおの自国の利益の為めに他国を攻めたり亡ぼしたりする無道の戦をやめ、互に他国の独立を尊重し、国際間の秩序を正して世界を絶対平和にする。武力といふものはこの世界の平和の為に存すべきものだといふことです。それでこそ世界は一つの正しい法によつて安住出来るのです。世界一法の理想ではありませんか。
(三) 鏡は暉を重ねる道を示されたもの、すなはち世界の各国民、各民族が、英国人は英国人、支那人は支那人、そのほか皆それぞれの民族性を発揮して世界人類の為になる文明文化を創造し互に導き互に啓発しあつて、人類の生活の上に益々暉を重ねてゆくのです。かくして世界は一善に集まるのです。

 此れ一言であらはしたのが「八紘一宇」ですが、次の図を見るとよくわかります。
 璽──積慶──世界一家(経済)─┐
 剣──養正──世界一法(秩序)─┼─八紘一宇
 鏡──重暉──世界一善(文化)─┘

 八紘一宇を国家の仕事とするのが天業恢弘、天業の主が日本天皇、而してこの転業をさまざまの方面からお扶け申上げる分担者が日本臣民なのです。

 わが日本人は、人としてこの世にお現れになつた神におはす天皇を主とし師として仰ぎ、全人類の為めに、国力をあげて世界を道ある世界に建て直さうとするのです。されば、世界の経済、世界の軍事、世界の文化に対して一大変革を与へなければならないのです。永い間、悪道に陥つてゐた世界を救はなければならないのです。これが為にはセ日本をして世界第一の経済力を持てる国たらしめ、世界第一の軍事力を持てる国たらしめ、そして世界第一の文化力を持てる国たらしめなければならないのです。そんな事が出来るでせうか? 出来ますとも。万邦無比の国体を有し世界指導の皇道を伝へ、印度、支那、西洋のあらゆる文化を自己のものとし、世界で最も優秀な体質を持つた日本民族が、万世一系の天皇を奉戴して天皇の御精神の通りに進む限り、必ず出来ます。

日本は世界を救はなければならぬ

日本国体学会総裁・法学博士 里見岸雄

『神武天皇と八紘一宇』 (昭和十五年十月・日本国体学会)より抜粋

皇紀二千六百年の感激の中に追憶を新にしたる「八紘一宇」の皇謨は、今や電の如く日本国民の心を撃ち、油然として国体的自覚を喚起し来つた。遠く太古に遡れる日本国民は近く太新に潤歩せざるべからず、世界は悩み疼いてゐるのである。看よ、二十数億を算うる人類の世界は、わずかに五七億の白色民族豺狼の餌食として搾取支配せられ恨みは諍ひを生み、妄情は隔意を生じ、猜疑相酬し、侮慢相報じ、闇々として考究の苦海に沈み、反覆曷を測らざる頽乱の極に在るではないか。人類の世界は果たしてこれでよいのか。否、否、世界は全人類の世界であつてひとり白色民族の世界ではない。白を尊しと為し、黄黒を卑しとするが如き妄想邪謂は未だ人類の正義に識らざるに基く。二千六百年悠久の歴史を積んで、古今東西のあらゆる文化を統合統一し、国力を養つて世界の最高峰に登りたる神州日本帝国は、今や世界救済の天業を宇内に恢弘すべき時を迎へたのである。「八紘一宇」の霊想は全人類を同胞とし全世界を一家とする世界救済の大法であつて、皇国日本の国力は、まさに世界救済の聖力として発動されなければならぬ。果然!盧溝橋の銃声一発は千古の対戦支那事変を誘発し、遂に清国日本をして、聖戦の自覚と東亜新秩序建設の誓願とに住せしむるに到つた。これ日本国体の霊動だ、これ日本国体の霊発だ、今や世界は、はじめて絶対平和の曙を迎へたのである。

八紘一宇の原理

日本国体学会総裁・法学博士 里見岸雄

八紘一宇 東亜新秩序と日本国体』(昭和十五年・錦正社)にある本論・日本国体の本義の第五章より抜粋して掲載。里見先生による「八紘一宇」に関する体系的記述。

 八紘一宇の必然性
 遠い昔には世界といふものが具体的によくわからなかつた。極めて素朴な、直接的方法で知り得た自己の境環が世界であつた。又一般の人類はそこに幾多の国があり、幾多の異民族の存在する事を知る様になつてもその運命に就て予見する事は出来なかつた。然し、少数の優れた人類、即ち聖賢などと呼ばれる人々は、天下とか八紘とかいふ漠然たる言葉で未見の世界をも包含せしめて、その必ず一体となるべき事を看破したのである、然し、現実に、人類は疆を分ち相凌ぎ轢いて歴史を創造した。聖賢の考などは、一種の空想であるかの如くに思つた者もすくなくなかつたであらう。

「国体科学」入門篇〔12〕 尊皇と個人の尊厳

里見岸雄著『新日本建設青年同盟 学習シリーズ 1 天皇とはなにか』所収

『民主主義といふものは個人の尊厳の原理の上に立つてゐるものだ。だから民主主義日本人は、尊皇などといふ封建的遺習をかなぐり捨てなければならぬ。

天皇は、もう神様でもなければ元首でもない。最高の公僕なんだ』──こんなことを言ふ者がある。反動的な浅薄な自称民主主義者の言ひさうなことだが、フレデリツク大王か何かが、朕は国家の公僕であると曰つたなどといふことを西洋史で習ふと、すぐそれを直訳的に振り舞はすのだから、全く、日本の青白きインテリといふものには嘔吐を催さずにゐられなくなる。民主主義の原理である個人の尊厳といふのは基本的人権の確認尊重といふことで、人間が生命といふものを一般に尊重すべきものであるといふ自覚によつて確立した原理である。これを無視したり蹂躪したりすることを許さないといふのは、近代の倫理と政治の至上命令である。

だが、その事は生きる権利についての原理であつて人間はすべて対等の尊敬以上のものを他の人に払つてはならぬといふことではない。生きる権利は平等であつても、個人々々の勝れた性質や力量や徳望といふものは大いに異るのであつて、勝れた者を特別に尊敬するといふことは、人間の持ちまへであり、それによつて、価値あるものが益々栄えるのである。愛する本能は動物にもある。然し尊敬するといふことは人間にのみある。親子が愛しあふだけ夫婦が愛しあふだけなら動物の境界を出ない。教へる、習ふといふ関係だけでは真の人間的教育は出来ぬ。独逸のある社会学者は上位下位的結合本能といふことを説いてゐるが、何等かの意味で自己より上位にある者、勝れた者を尊敬するといふことは人間の文化的本能であらう、近頃「人間天皇」という劣俗の言葉が流行してゐるが、天皇は人間だから我々と同じだと考へ、敬語さへ碌々使はないやうになつてきてゐる。実にお粗末な思想といはざるを得ないではないか。

尊敬といふことは人間が価値を認識し、価値の前には己れを空しうしてひざまづく最も崇高な人間的精神である。政治や法律の上の基本的人権たる個人の尊厳をハキちがへて、見境なく、我れも人なり彼も人なりなどといふのは文化国民でない証拠だ。一人の釈迦の前に、一人の孔子の前に、一人の基督の前に幾億の人間が尊敬を献げてゐるではないか。それが価値を知り、価値を尚ぶ人間の謙虚な姿なのである。天皇を尊敬することを尊皇といふが、尊皇こそは日本民族の己れの生命的価値の自覚に基く文化的姿なのである。尊皇は個人の尊厳を否定するものではない。むしろ、目本人として個人の尊厳に真に徹する時人は、同時に、一体としての日本国民、乃至日本民族の尊厳に思ひ到らなければならない。日本民族なくして日本人の個人もないわけだ。それが正しい物の道理である。日本民族の尊厳を自覚する者は、必然、日本民族を統一ある生命としてゐる大きな価値を認識せずには居れぬ。それが天皇だ。ここに於て、日本民族の尊厳は、要約すると天皇の尊厳、従つてそれへの尊敬即ち尊皇とならざるを得ないのである。然し尊敬でも間違つたものもあり正しいものもある。誤れる尊敬は、いかなる人の場合でもよろしくない。神憑の尊皇などは、形は敬虔そのものであるが、時に甚しい大害を招くものであることは、戦前の絶対主義的尊皇論が、国家を支配した為めに取りかへしのつかぬ国難を招いた事を反省してみたら誰にも成程と合点が行くにちがひない。

だから、著者は、「天皇を敬ふとも悪しく敬はば国亡ぶべし」といふのである。だが、民主主義化の音頭につれて正しい尊皇の美風まで喪してしまふのは愚の骨頂である。正しき尊皇の勃興によつてのみ、日本は、民主主義を日本化し、かの西洋人の発見した人間自覚史上の一大精華と東洋人の発見した人間自覚史上のそれとを融合統一して、世界に一大貢献をなし得るのである。天皇を軽々しく扱ふといふ事は日本民族そのものを軽侮することである。皇位を不可侵なものとすることは、日本民族の生命的至上命令であるから、そこには、それに応はしい尊皇が伴ふのが当然である。天皇を成るべくゾンザイに取扱ひたがる民主主義といふものは、まだこなれてゐない輸入ものの証拠である。

尊皇と民主主義が水と油のやうな間は日本再建の土台がまだふらふらしてゐるものと見なければならぬ。天皇に対する敬語が全く出鱈目になつてゐる。車掌が乗客に対してさへ「乗車券を拝見」といつてゐるのに、天皇に面会だの会見だのといふ不遜の言葉を用ゐてゐるのだから実に転倒も甚しい。「首相天皇訪問」などといふフザけた言葉は、日本語の法則を故意に破壊してゐるもので、勿論、「首相参内拝謁」と書くべきだ。民主主義をゾンザイ主義だと思つてゐるやうなことでは、真にこの国の将来が案じられる。天皇は憲法の言葉でいへば象徴だが、天皇が国家や国民統合の象徴とされる所以のものは、天皇が日本民族の三縁中枢、即ち血の中心たる親であり、心の中心たる師であり、生活の中心たる主であるからで、それは、日本国民の生命の中心といふことにほかならぬ。天皇は断じて公僕ではない。公僕としての天皇など無用の長物だ、公僕は総理大臣で沢山である。国民が窮極的に帰一する尊敬の対象でない天皇などといふものはないのである。天皇は、国民の唯一の至高の尊敬対象である。だから、天皇を正しく敬ふといふことが、日本の本来の正しい姿なのである。これは、日本国の要求するところであつて、天皇御個人の権利ではない。天皇の尊厳といふことがわからなければ、日本民族の尊厳もわからぬ。「天皇を正しく敬へ」これが、精神的に崩壊しかけてゐる病める日本救国の一大標語である。
尊い者を強て粗末にすると罰があたる。尊い者を尊び崇めるのこそ文化人である。天皇は国家の至尊である。心を恭しくし、言葉を丁重にし、態度を正しくし、天皇の尊厳が、ますます光り輝くやうにするのこそ・真に日本を愛する所以に外ならぬ。それを奴隷的だなどと思ふのは、自分の心が浮薄で驕慢で卑しいからだ。

さとみ きしお(日本国体学会総裁・法学博士)