皇位継承の意義を踏まへた議論を──有識者会議に望むこと(金子宗徳)


里見日本文化学研究所所長・亜細亜大学非常勤講師 金子宗徳
「国体文化」平成28年11月号「主論」より
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 有識者会議の顔触れ
 九月二十三日、安倍晋三内閣総理大臣は「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の開催を決定、菅義偉内閣官房長官より発表された。有識者会議のメンバーは以下の六名である。

  今井  敬(86)日本経済団体連合会名誉会長
  小幡 純子(58)上智大学大学院法学研究科教授
  清家  篤(62)慶應義塾長
  御厨  貴(65)東京大学名誉教授
  宮崎  緑(58)千葉商科大学国際教養学部長
  山内 昌之(69)東京大学名誉教授

 同日の記者会見において、この六名を「国民の幅広い意見を反映した提言をとりまとめる活動に相応しい、経験が豊富な方々」と評した菅官房長官は、憲法・歴史・皇室典範などの専門家からヒアリングを行ひつゝ課題や問題点を整理し、国民に伝へていくといふ方針を明らかにした。

 座長に就任予定とされる今井氏は、大東亜戦争敗戦により海軍兵学校予科を中退。昭和二十七年、東京大学法学部を経て富士製鐵に入社。後に、富士製鐵は八幡製鐵と合併して新日本製鐵となり、今井氏は同社の社長に就任。大リストラを行ひ、財務基盤を強化したことで知られる。平成十年から十四年まで経済団体連合会(旧・経団連)の会長職にあり、今日もなほ日本棋院総裁など各種団体の要職を務めてゐる。

 以下、残る五名についても経歴を見ておかう。

 小幡氏は、東京大学法学部を卒業した後、同大助手などを経て現職。専門は公物法(河川法など)や国家賠償法などの行政法で、司法試験委員会の委員だつたこともある。また、民主党政権時代には行政刷新会議の民間仕分け人を務めた。

 清家氏は、慶應義塾大学経済学部を卒業し、同大学院商学研究科に進学。その後、同商学部教授などを経て現職。労働経済学を専攻し、経済学者として労働市場、とりわけ高齢者の就業問題と社会保障問題について研究。民主党政権時代に設置された東日本大震災復興構想会議の委員でもあつた。

 御厨氏は、東京大学法学部を卒業後、東京都立大学教授・東京大学教授などを経て現在に至る。専門は明治中期の政治史で、三谷太一郎・伊藤隆・佐藤誠三郎らの指導を受けた。平成に入つてからは論壇でも活躍し、東日本大震災復興構想会議の議長代理も務めた。

 宮崎氏は、慶應義塾大学法学部を卒業し、同大学院法学研究科に進学。専門は国際政治学・政策情報学で、(保守派の国際政治学者として知られた)神谷不二に師事。NHKのキャスターとして活躍した後、千葉商科大学教授などを経て現職。東京都の教育委員でもある。

 山内氏は、北海道大学文学部を卒業し、同大学院研究科に進学。在学中は社会主義学生同盟の活動家だつたといふ。その後、カイロ大学客員助教授・東京大学大学院教授などを歴任。専門は中東・イスラーム地域研究および国際関係史。日韓歴史共同研究の委員(教科書小グループ)や第一次安倍内閣が官房に設置した「美しい国づくり」企画会議なども歴任。

 この顔触れを見る限り、議論は日本史に造詣の深い御厨氏と山内氏(山内氏については異論もあらうが)を軸として進められ、社会の高齢化を巡る問題に詳しい清家氏と行政法の専門家である小幡氏が個別論点の詰めを行ふといふ流れにならう。唯一の戦前生まれである今井氏は御意見番、マスコミ出身者である宮崎氏は世論対策担当といつたところか。皇室の制度や歴史の専門家がメンバーにゐないことに不安を抱く声もあるが、敢へてヒアリングの対象に止めることで、答申の中立性を保たうといふ政府の配慮が窺はれる。有識者会議の第一回会合は十月十七日に行はれるといふが、様々な組織で異なる意見を集約してきたメンバーの良識に期待し、我々も云ふべきことを云ひ、国家の一大事を論ずるに相応しくない言動があれば容赦なく批判すれば良い。

 なほ、山内・御厨の両氏は、七月の報道および八月の「お言葉」を受けて、以下のやうに述べてゐる。

 

【山内氏】
 生前退位の実現には皇室典範の改正や関係諸法令との調整などが不可欠だ。国民の合意も必要になる。皇室典範には、摂政を置く規定があるが、退位についてはない。陛下は憲法や現行法のことを誰より尊重する方であり、ご自身の意思がそのまま反映されるとは考えておられないだろう。
 ただし、陛下に無理をしていただきたくないという思いは、政治家も国民も共通に抱いている。失礼ながら、あえて企業との類比で考えるなら、82歳という高齢まで現役の社長を続け、世界中で一番精力的に働かれた方だ。普通であれば、会長や顧問になる年齢以上であり、その激務を考えるなら、ひとまず退かれ、新天皇に助言などをされることに国民の異論はまずなく、世論も納得するのではないだろうか。〔『読売新聞』(7月15日朝刊)〕

【御厨氏】
 陛下はご自身の高齢化への対処法として、公務の負担軽減や摂政を置くことを明確に否定された。かなり強い退位宣言だと読める。柔らかな言葉を選び慎重な言い方ではあるが、陛下の決意がはっきり示された。
 我々は天皇の高齢化に伴う人権の問題をこれまで考えてこなかった。陛下ご本人の『お気持ち』発表という、ある意味では憲法違反的な行為ともとられかねないことを陛下に自らさせてしまった。安倍内閣は受け入れざるを得ないだろう。
 陛下はご高齢だ。時間のかかる方法を避け、特例法で対応する必要があるだろう。女系天皇や女性宮家などの議論を蒸し返していたらとても決着がつかない。陛下の退位に限定してスピード感を持って対応すべきだ。〔『日本経済新聞』(8月10日朝刊)〕

 両氏の見解が当時と変はらぬのであれば、有識者会議において、譲位に向けた道筋が開かれる可能性は極めて高い。

 特別措置法か皇室典範改正か

 とすれば、次なる問題は如何にして円滑な譲位を実現といふことにならう。

 確かに、今上陛下の譲位に限定すれば、特別措置法の制定で事足りよう。

 現に、本号の論壇瞥見にもある通り、竹田恒泰氏は『正論』(11月号)で特別措置法の試案を示してゐる。その中で、竹田氏は「本来『皇室典範』を改正せずに特措法のみで対応できる」と主張しつゝも、日本国憲法の「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」(第二条)との整合性を取るべく、皇室典範の最後に第三十八条として「天皇が譲位する場合は、国会の議決した法律の定めるところにより、これを行う」という一条を加へた上で、特措法の名称に「皇室典範」の語を加へてはどうかとも述べてゐる。

 加へて、竹田氏は「この特措法が施行された時、皇太子が不在となるという問題が生じる。これについては、秋篠宮殿下を皇太子とし、ご一家を内廷皇族とする旨の、もう一つ別の特措法を立てれば、その問題も解決することができる」とも云ふが、皇室典範を全く改正せぬならともかく、譲位に関する条文を末尾に付加し、複数の特措法を制定するくらゐなら、典範を真正面から改正した方が遙かに一貫性がある上に、本誌九月号にも記した通り、陛下の思し召しに適ふのではないか。

 「わずかでも皇室典範改正に踏み込めば、関連法である皇室経済法や宮内庁法などを次々に改正せねばならない。いわば『ガラス細工』の法体系であり、細心に事を運ばねば、現行の皇室制度を根幹から崩すことにもなりかねない」〔『産経新聞』(10月10日)〕との意見もあるが、だからといつて何もしなくて良いといふことにはならない。陛下の御年齢を考へると早急な決断が求められよう。

 皇位継承資格を有する男性皇族は減少してをり、現在の男系男子による皇位継承は限界に近づきつゝあることは確かであり、この問題を何らかの形で解決すべきことは云ふまでもない。そこで、今回の改正に合はせて女性天皇・女系天皇、あるいは前提となる女性宮家の制度化を求める声もある。それらの必要性・可能性については本誌でも論じてきたが、最終的には陛下の聖断を仰がねばならぬ性質のものだ。

 「お言葉」により明らかになつたのが譲位の御意向のみである以上、今回は、この点に議論を限定すべきであらう。

 「皇位継承」の意義

 真正面から議論する場合、まづ問はれるべきは「皇位継承の意義」でなければならぬ。

 「皇位継承」とは文字通り「皇位の継承」を意味するが、そもそも「皇位」とは何か。

 「皇位」とは、云ふまでもなく「天皇の身分と地位」であるが、身分は地位と切り離すことができぬ。そこで、里見岸雄は、『萬世一系の天皇』〔錦正社・昭和36年〕の中で、古今東西の「位」に関する議論を渉猟し、相によつて千差万別の万物を統一するためには「位」の概念が必要であることを示し、「皇位はこのような位の観念を以て解すべき日本の国位」であり、「それは位置のみあつて大きさの無いと曰はれる直線上の点のようなもので、非物質的なものであるが秩序を構成し存在を理解する上で不可欠の観念で、皇位の観念なしに君主国たる日本を解しうるものではない」と定義してゐる〔146~147頁〕。

 いつたい、かうした「皇位」は、何に由来するのか。日本国憲法第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあるが、同憲法の制定によつて「皇位」が始めて成立したわけではない。大日本帝国憲法において「皇位」が創設されたわけでもない。その遙か以前から、日本人は「皇位」の観念を有してゐたのである。その起源を歴史的に確定することは困難であるが、古代の人々は天照大神の神勅に従つた神武天皇の建国として表現した。さうした「皇位」の存在を現代に生きる我らも自明としてゐるからこそ、「主権の存する日本国民の総意に基く」といふ規定が存在してゐる――天皇の「お言葉」により日本社会が大きく動いた現実を踏まへると、日本国民が主権といふ概念を受け入れてゐるかどうか、疑はしい限りだが……。

 では、このやうな「皇位」を継承するとは具体的に如何なることか。

 里見は、先に挙げた『萬世一系の天皇』の中で、天皇を構成するものとして「唯一中心の皇位」に加へて「萬世一系の皇統」・「皇統出自の皇人」・「統治理念の皇道」の計四つを挙げてゐる〔66頁〕。こゝで注目すべきは、最後の「皇道」であらう。「皇道」の継承といふ点について、里見は「皇位継承の意義」〔『国体学雑誌』(昭和15年1月号)〕において三種の神器に着目し、次のやうに論じてゐる。

 如何に統治権が最高絶大な権力であるにもせよ、若し、それが皇道と呼ばるる軌範に遵つて行使せられないならば、それは単に権力自体の負ふてゐる運命に終るは必然であるから「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」といふ史的事実、従つてその事実に基く法を見る事は出来なかつたであらう。万世一系の継体と継心とが可能であつたのは、継体継心が継道と不可分であつた為めと解さざるを得ないものがある。皇道の内容が何であるかを、今私は茲に詳論しようとは思はぬ。然しながら、それは、三種神器に関して為されたる古来の多くの解釈を参考すれば、おほむね見当はつく筈である。三種神器に表現せられたる皇道軌範を継承するといふことは、かくて、皇位継承の第三の意義として、深く注意せらるべきで、この継道と万世一系とは不可分の関係にある。然も、日本国体学上興味津々たるは、かゝる継道が、又継体を根拠とするものなる点で継体に即して継道ある所以のものこそ、我が国体が万邦無比なる点にほかならぬ。
〔『里見岸雄論文集Ⅰ』(展転社・昭和61年4月)47頁〕

 云ふまでもなく、神武天皇以来の血統を受け継ぐ自然人でなければ「皇位」を継承することはできぬが、その要件を満たしさへすれば「皇位」を継承できるといふわけでもない。想像すらしたくないことではあるが、社会的存在としての「皇位」じたいが失はれる可能性も否定しきれない。そのやうなことが現実に起こらなかつたのは、里見が指摘するやうに御歴代が軌範としての皇道に基づいて御統治あそばされてきたからである。さらに云へば、それと同時に国民もまた天皇の統治に服してきたからではないか。

 かうした視点なしに、「これまでがさうだつたから」や「女は畑に過ぎず、種である男の系譜こそ重要」といふ程度の血統主義だけで「皇位」の継承を論ずる議論は、個人的な信条告白の域を出ず、「皇位」継承の社会的意義に迫るものとは云ひ難い。もちろん、血統に関する議論が無意味であるといふことではない。この点については、本誌でも何度か論じてきた〔「男系男子主義の限界を直視せよ」(平成25年1月号)、「『生命体系』としての『日本国体』」(平成25年5月号)〕ので詳論を避ける。

 なほ、里見は、先の論文において、「皇位」の継承には「皇道」の世界的恢弘すなはち「八紘を一宇の如くならしむる道義的国際体系の実現」を図る「天業」の継承をも含まれるとも述べてゐる〔前掲47頁〕。これじたいは八紘一宇の精神に基づく東亜新秩序の建設が叫ばれてゐた時代に書かれたものであるけれども、自己を犠牲にする御覚悟を示されることにより傲岸不遜極まりなきマッカーサーを畏服せしめた昭和天皇、そして、大東亜戦争における戦歿者の慰霊を通じて当該の諸国民に強い感銘の念を抱かしめた今上天皇の御振舞ひを「天業」の御実践と見ることもできよう。

 「皇道」や「天業」を継承して頂くために

 天皇陛下は、「幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と先に述べられたが、里見の言葉を借りるなら、昭和天皇より御継承あそばされた「皇道」に基づく御統治と「天業」の御実践ができなくなるのではないかと強く懸念なされてをられるといふことだ。

 さうである以上、陛下の御懸念を払拭し奉り、皇位を譲られた新しい天皇に「皇道」や「天業」を継承して頂くこと、この観点から譲位の要件を具体的に考へてみたい。

 譲位の要件については、高森明勅氏が十月九日の「ゴー宣道場」で左記の改正案を示してゐるので、これを検討の材料としたい。

  【現行法】
   第四条 天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。

  【高森案】
   第四条 天皇が退位し、又は崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。
    二  天皇は、皇嗣が成年に達しているときは、その意思に基き、皇室会議の議により、退位することができる。

 高森案においては、退位が崩御の前に置かれてゐるけれども、今後は譲位を通例とし、崩御を異例とすべきといふことであらうか。とするなら、現行の皇室典範はおろか譲位を非と定めた明治の皇室典範を全面的に否定する形となり、法的連続性が損なはれかねない。明治の皇室典範においては譲位が否定されたが、そこには皇位の安定を図るといふ正当な理由があつた。平均寿命が延びたといふ社会的変化に合はせて制度を修正する必要があるにせよ、譲位が様々なリスクを孕むことは確かであり、崩御に伴ふ継承を通例とする立場を崩すべきではあるまい。その点、「『天皇が崩じたときは、皇嗣が直ちに即位する』という原則を残し、その中間に『又は皇室会議の議により退位した』(ときは……)の15文字を加えたらよい」といふ所功氏の見解〔『中外日報』10月7日〕は傾聴に値する。

 所案の「皇室会議の議により」といふ一節は、高森案にも見られる。この点について、高森氏は「恣意的な退位を防ぐ為に、退位の最終的な決定を『皇室会議の議による』とする必要がある。これで生前退位否認論の最大の論拠、『自由意思による退位を認めるなら、同じように自由意思による即位辞退を認めないと不均衡。しかし即位辞退を認めると世襲制が危うくなる』との反論は成り立たなくなる」と自身のブログで註釈してゐる(https://www.gosen-dojo.com/index.php?key=joguayyw7-14#_14)が、この点に異論はない。

 皇室会議の構成メンバーに不安を覚える向きもあるが、制度論からすれば、立法府・行政府・司法府をそれぞれ代表する衆参両院の議長および副議長・内閣総理大臣・最高裁判所長官および同判事一名が参加することに不都合は無い。不適切な人物が存在するといふならば、さうした人物に選挙で議席を与へ、国民審査で最高裁から排除できなかつた私たち自身の無力さをこそ問題とすべきだ。

 それより問題なのは、皇室会議に天皇陛下の御臨席が認められてゐない点である。高森案にも明記されてゐる通り、退位は陛下の御意思に基くものでなければならぬが、その御意思は如何にして表明あそばされるべきか。今回のやうにNHKを始めとするマスコミのリークが先行するやうなことは二度とあつてはならぬし、政治利用を防止する観点から陛下は行政府と一定の距離を保たれるべきであらう。とすれば、陛下が皇室会議に御出席あそばされ、自らの御意思を表明なさることができるやうにすることが重要ではないか。

 また、高森案においては、「皇嗣が成年に達している」ことを前提要件としてゐる。この点について、高森氏のブログには「皇嗣がいなかったり、未成年の状態での退位は当然、避けるべき」との自註が付されてゐるけれども、「皇道」や「天業」を継承するといふ観点からも、成年皇族として十分に思慮を備へられた皇嗣が居られるといふ要件は不可欠であらう。

 国民的議論の必要性

 皇室典範の改正に際して国会の議決が必要である以上、必ず国会の場で議論が行はれる。既に、民進党は《皇位検討委員会》を設置し、皇室典範の改正を視野に入れた議論を始めたといふ。ことの性質上、なるべく全会一致に近づける必要があり、安倍首相も有識者会議の議論が進んだ段階で与野党間の議論を行ふ意向を明らかにしてゐる。

 「一人一人の国民がそれ〴〵御下問と向き合ひ、万世一系の天皇に関する理解を深めていくことを通じて陛下の御期待に応へ奉るほかにない」〔本誌九月号〔「陛下のお言葉を拝し奉りて」〕と考へる我らからすれば当然の動きであり、意見の相違を超えて理性的かつ闊達な議論を展開して参りたい。
〔十月十二日〕