皇位継承問題関連記事集成〔1〕

令和元年5月以降の刊行物やブログなどから、皇位継承問題に関する記事を抄録しました。
(賛否とは関係なく)重要
と思しき部分は赤字としています。
目に留まり次第、追って加筆します。

羽毛田信吾(元宮内庁長官)「国民の苦しみ悲しみとともに」

― 女系天皇・女性天皇の議論や、皇族女子が結婚後も皇室に残ることが可能な「女性宮家」創設の検討は進んでいません。

私が申し上げられるのは問題状況までです。どういう選択肢を選ぶべきかについては、政治の判断です。考えなければならないのは、現在の皇室典範の規定のもとでは、皇位継承資格がいなくなる事態が起こりうる、皇位の将来が非常に不安定だ、ということです。
現在の皇位継承資格者は、まず皇太子殿下、その次が秋篠宮殿下、その次の世代は悠仁殿下です。悠仁殿下の次の世代はというと、今のところ資格者はいらっしゃいません。いなくなってから考えればいいというわけには行かないだろうと思います。
これまでの天皇は、半数近くが非嫡出です。しかし、側室制度の復活などということはありえません。
旧皇族の男系男子に皇位継承者を求めるか、あるいは、女性や女系に求めるかという議論があります。仮に旧皇族のなかから男系男子を探すとしても、時を経れば経るだけ縁遠くなります。やはり早く検討に着手して、考えていかなければなりません。大きな宿題が残っています。
一方、女性皇族は、結婚なさると自動的に皇族の数が減ることによって、皇室全体の活動に支障を来さないかという問題が生じます。ただ、皇族の活動は必ずしもこうでなくてはならないというものではありませんし、多ければ多いほどいいということでもないでしょう。
皇位継承資格者との関係においては、女性皇族がみな皇籍を離れられた場合、将来の選択肢が限られるという問題もあります。議論をしようとしても、もう女性皇族はいらっしゃいませんよ、ということになりかねないのです。

― 陛下も危機感をお持ちですか。

陛下は、どういう風にすべきだということは一切おっしゃいません。男系か女系か、そういう選択肢については一切おっしゃいませんけれども、皇位継承の将来が必ずしも安定的でないことについては、私の在任中からも御心痛でありました。特に悠仁親王殿下がお生まれになる前は、秋篠宮殿下以降の世代について見通しが立たない状況でしたからね。今日も、将来について、まだ不安定な要素が残っていることは心配なさっているだろうと思います。【『中央公論』5月号】

御厨貴(東京大学客員教授)「有識者会議への批判に応へる」

退位の問題で最初多くの人々が「おやっ?」と感じたのは、小泉純一郎内閣の時代に議論していた女系、女性天皇ではなく、退位問題を議論するのかという点でした。しかし、今回の一連の経緯の結果、天皇のあり方が流動化、能動化してきましたから、女系、女性天皇の議論にもう一度火がつくだろうと思います。
国際化の文脈では当然、なぜ女性が天皇になれないのかが問われます。国内においても近年は女性が男性と肩を並べ、あるいはそれ以上というのが当然なのに、皇室だけは違うと主張するのは難しい。しかも現実に女性皇族がほとんどで、悠仁さまの次はどうなるのか不透明。少子化のトレンドから天皇家もまた逃れられないわけで、有識者会議はなるべく早期に女系、女性天皇の議論を再開するよう要望を出しました。
さらに言うと、崩御でなくても退位できる自由を得た天皇に対して、旧皇族の方を含めるなど皇位継承資格を広げるか否かという論点があります。男対女というだけでなく、幅広な課題が浮かび上がってきました。【『中央公論』5月号】

西尾幹二(評論家)「回転する独楽の動かぬ心棒に」

あくまで男子継承の「万世一系」を貫けるか否かは、今の日本で神話を信じることができるか否かの違いに外ならない。大げさに言えば超越的世界観を信じることができるか、可視的世界観しか信じられないかの岐れ目にわれわれはいま立たされているという風に言ってもいい。〔中略〕
神話は歴史と境いを接しているが、歴史とは異なる。今やグローバルな国際主義の時代、男系継承だととお固いことは言わず、少しは条件を緩めて実情に合わせて寛大にしてもよいのではないかと考える人が、にわかに増えているようにみえる。一日も早く女性宮家を創設してお血筋を守るのが合理的だ、と囁く声が保守派の中からさえ聞こえてくる。それで万事解決ならいいのだが、多分そうはならない。なぜなら、ご世継ぎの条件を少し変えればうまく行くという期待は人間世界の都合であって、神々のご意向ではないからだ。
神話は歴史とは異なる。何度も言うが、日本における王権の根拠は神話の中にあるのであって、歴史はそれを支えたが、歴史は何処までも人間世界の限界の中にある。歴史はご承知の通り、諸事実の中からの事実の選択を前提とし、事実を選ぶ人間の曖昧さ、解釈の自由を許すが、神話を前にしたときにわれわれにはそういう自由はない。神話は不可知の根源世界であり、全体として一つである。人間の手による分解と再生を許さない。だから神話を今の人に分るように伝えるのは容易ではなく、場合によっては危険でもあり、破壊的な結果を招くこともあり得るのである。
例えば女系天皇の出現を許して、一般民間人から選ばれたそのご夫君も皇族になり、国民は妙だと思っているうちに、ご尊貴の方の血脈の存在は維持できたのだからまあいいやと思って、三十-五十年くらいは経ったとする。せいぜいそれくらいの時間にうまく行ったとして、ご皇室がどこか不完全の謗りを免れず、贋のレッテルを可能性さえある。〔中略〕
ご皇室におられる方々がご尊貴の立場にあられるのはひとえに「血統」のゆえである。はっきり言ってそれ以外にいかなる根拠もない。だから「神話」なのである。徹頭徹尾、不合理の選択の結果である。男女同権も民主主義も人権も一切関係ない。この認識を大悟徹底していたゞくことだけがご自身とご一族を破壊から守る道であるということくらいは、もう私から申すべきことでもなく、初めからご承知の上のことであろう。男女同権や民主主義や人権が終ったところから、日本の皇族の歩むべき価値の会談が始まる。【『正論』6月号】

竹田恒泰(作家・旧皇族竹田宮末裔)「令和の時代の天皇像と皇室の課題」

これまで二千年以上続いてきた皇室の歴史において、結婚により民間出身の女性を皇后とし、あるいは皇族の妃としたことは数多の事例があるが、民間出身の男性を皇族としたことは先例がない。もおし古くから女性宮家が認められていたら、足利義満、織田信長、徳川家康などの有力武将をはじめ、近現代の有力政治家や起業家たちはこぞって、自分が皇族になること、あるいは自分の息子を皇族にすることを目指したに違いない。〔中略〕
そして、女性宮家はさらに大きな問題を引き起こす。そのような女性宮家に生まれた男子が天皇に即位したら、それは皇位継承の根本原理である男系継承が途切れることを意味する。〔中略〕
女性天皇の子や、女性宮家の子が天皇に即位すると、その天皇を「女系天皇」というらしいが、詭弁である。男系とは「父と子」の線で繋がる系譜であるが、女系、すなわち「母と子」の線で繋がる系譜が突如創出されることはない。女系天皇なるものの母親を辿っても皇室のどこにもつながらないのであるから、そもそも「女系天皇」という言葉自体がまやかしである。実は、男系でも女系でも何でもないものに変質するだけなのである。〔中略〕
皇統を安定させるためには、少なくとも四つの宮家を確保する必要がある。そうすれば、側室に頼らずとも、皇族の人数を安定的に確保できるようになる。そして、その方法は、女性宮家という禁じ手ではなく、戦後、占領軍の圧力により廃止された十一宮家を活用する方法を採るべきであろう。
旧宮家の未婚男子が、内親王か女王と結婚して、既存の宮家の当主となるか新宮家を立てるのが最も理想的である。この縁組は模索すべきであるも、結婚を伴う方法であるが故に強制ができず、この方法だけに頼るのは心もとない。
そこで、結婚を伴わない縁組にも可能性を広げると、様々な可能性が見えてくる。たとえば、結婚を伴わない単純な縁組もあり得るし、若い夫婦が揃って宮家に入ることもあってよい。
また、民間ではよく行われている特別養子縁組という方法もあることを述べておきたい。後継者のない宮家の当主と、旧宮家の若い夫婦との間で、予め任意で特別養子縁組の約束を取り交わし、生まれた子は直ちに宮家に引渡し、皇族として育て、将来はその宮家の当主になってもらうということである。〔中略〕あるいは、単純に旧宮家の男子を皇族に復帰させる方法もある。このように旧宮家を活用する方法は多い。【『正論』7月号

江崎道朗(評論家)/倉山満(皇室史学者)/榊原智(産経新聞論説副委員長)

倉山 皇室について語る際、これだけは押さえてほしいことを要約すれば「先例」「男系」「直系」の三つだと思います。少なくともこの三つの理解は欠かせない。まず皇室は先例の世界です。皇室の先例を無視してはならない。一時の多数決、時の権力者の恣意的なやり方を皇室は徹底的に排除してきたからそこまで続いているわけです。
先例について重要なことを付け加えると、先例は大事です。ですが、あらゆる場合に先例を破っていけないのか、といえば決してそうではない。〔中略〕ですが無理やり破るものではないということです。
ただし皇室の長い歴史において一度の例外もなく貫かれてきた先例があります。それが皇位の男系継承です。先例に従う世界の中でも絶対の先例、それが男系継承であって、これは大前提です。議論の余地などないほどです。
そして三番目が直系です。男系継承を大前提として、その直系に男系継承していくか。今の状況で言えば今上天皇の次の世代が悠仁親王殿下です。つまり今上天皇の直系から秋篠宮殿下ひいては悠仁親王殿下の直系にうつる。〔後略〕

榊原 それが万世一系の伝統なんですよね。本当は議論の余地はないはずなんですが、女系継承が論じられています。

倉山 女系継承は先例にありません。つまり歴史上ただの一度も行われたことがない。全くの論外だと思います。女帝(女性天皇)を容認し「愛子天皇待望論」を唱える人もいます。ただ、これが意味するのは本来の皇位継承権者である秋篠宮殿下、ひいては悠仁親王殿下から直系を取り上げ、皇位継承資格を奪う話に等しく、「壬申の乱」を繰り返すような話です。〔後略〕

江崎 大事な指摘だと思います。そのうえで私はちょっと違う視点で話します。皇位継承について政治家、政治の側が干渉すると内乱や騒乱になる恐れがある。これが歴史の教訓でしょう。できるだけ権力闘争と皇位継承は切り離すべきで、だからこそ明治の御代のときに整備されたのが、典憲体制だったわけです。
皇室典範と大日本帝国憲法の二本立てにして、皇位継承の基本原則を大日本帝国憲法第二条「皇位ハ皇室典範ノ定メル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス」と明記する一方で、皇位継承の順位などは、帝国議会の議決を要しない皇室典範で定めたわけです。こうすることで政治の側が、高継承の順位などに関与できないようにしたわけです。
皇室の歴史、つまり先例を踏まえず、時の政治権力によって皇位が左右され、皇位継承が政治の「おもちゃ」にされれば、日本の国は混乱する。それは絶対に避けなければいけないというのが明治の知恵だったと思うんです。
その知恵は今どうなっているか。実は日本国憲法でも第二条に「皇位は、世襲のものであって、国会議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承す」とあります。まず世襲なんです。〔中略〕
世襲には、皇室の伝統の尊重という意味合いが含まれていると考えていたわけです。よって憲法の「国会の議決した皇室典範」というところだけを見て皇位継承問題は国会で全て決めていい、とか国民主権なのだから世論の動向を踏まえて議論すればいいんだ、といった意見がありますが、現行憲法では「世襲」を踏まえて「国会の議決」がなされなければならないと定められているわけで、こうした議論の順番が極めて重要です。
関連して、皇室典範に対する発議権を皇室が持たないことに対して昭和天皇が異議を呈されていたことが、平成二十六年に公表された『昭和天皇実録』で明らかになっています。〔後略〕

榊原 今の光景は昭和天皇のご懸念が現実になったようなものですね。

江崎 そうです。皇室の歴史、伝統を知らない政治家たちに皇室典範の改正、皇位継承を任せてしまうと非常に危うく、変な方向になってしまうのではないかと案じられたと拝察されます。〔中略〕

榊原 ところで先ほどの倉山先生の三つの視点ですが、素人目で見て愛子内親王殿下が直系だと考えてしまう国民は意外にいると思います。〔中略〕過去には十代八人の女性天皇がいらっしゃいました。男系の女性天皇が現代において望ましくない理由はどこにあるのでしょうか。

倉山 〔前略〕国会が制定したばかりの「譲位特例法」でも皇嗣は明らかに秋篠宮殿下です。年齢順で秋篠宮殿下が即位された後を考えれば、眞子内親王殿下ということになるでしょう。その時点でまずおかしいわけです。
結局これは、秋篠宮家に直系を渡さないという話です。愛子内親王殿下が男性皇族の方とご結婚されて男の子が生まれたら男系男子です。しかし、子だ甥に誰が直系を継ぐかをめぐり争いがあった。悠仁親王殿下が天皇陛下になられたときに今のままでは男性皇族は一人もいなくなるのでどうしようかという話ならまだ分かりますが、なぜ今、「愛子天皇待望論」なのか、全く理解できません。〔後略〕

榊原 〔前略〕「女系天皇あり得べし」と唱える論者には、過去の日本は双系主義だったと主張する人がいます。〔中略〕古代の歴史を見て、日本の皇位継承は男系と女系の「双系主義」だったと果たして言えるのでしょうか。

倉山 それを持ち出した先生に私が直接「じゃあそれが使われた先例はありますか」と聞いたことがあります。「先例はありません」とハッキリ言っていました。一言で終わった話です。

江崎 それで終わりですよね。

倉山 分かりやすく言うと、道鏡事件でそうした(女系容認と思えるような)解釈はあり得なくなったんです。女系はもちろん、女帝もよろしくないとなり、それは江戸時代まで続きました。奈良時代、女帝が多く即位されましたが、これは天智天皇の息子の大友皇子が天皇の弟の大海人皇子(天武天皇)に殺される壬申の乱の影響です。〔中略〕道鏡事件とは簡単にいえば、天智系に渡すなら、民間人に渡したほうがましという女帝の執念なんです。藤原氏がそれはだめですと天智系に戻した。それが奈良時代なんです。女帝もよろしくないといったのはそうした歴史があったからです。文字の解釈はいかようにもできますが、歴史を見れば明らかで先例に倣うべきです。〔後略〕

江崎 男系男子による皇位継承という伝統を守るためにも、現行憲法の制定当時、臣籍降下をされた方々の男系男子孫の方々に復帰していただく。そうすることで、皇位継承資格を持っておられる現在の皇族をお支えするようにしていくことが大切だと思います。

榊原 現行憲法は皇族と一般国民の身分がありますが、第十四条は一般国民について、門地により「差別されない」としています。臣籍降下した旧宮家の人たちは今は一般国民だからということで、皇族になるのは憲法違反という極論が出てくるかもしれません

江崎 現行憲法の制定時も、皇族が「門地によって差別されない」という規定とどう関係するのかという議論は国会で行われていて、現行憲法が世襲による皇位継承を認めている以上、「門地による差別」には当たらないとなっています

榊原 合憲性があるということですね。

江崎 ただ、皇室の歴史を踏まえたとき、「君臣の別」、つまり一度、臣下になられた方々を再び皇族にすべきでないという考え方があります。もっともこの君臣の別については、緊急避難的に破った先例がある。先例がないのは、女系継承です。先例を踏まえるならば、旧宮家の男系男子孫で、改めて皇族に戻ってもいいとお考えになる方がいらっしゃるなら、皇族になって頂くのが皇室の伝統に沿った在り方だと思います。

榊原 今の先例、倉山先生、いかがですか。

倉山 〔前略〕宇多天皇や醍醐天皇の例は、藤原氏が朝廷に介入して皇位継承者が絶えそうになった時の話で、おいそれとやってはいけません。しかし、危機に学ぶべき先例です。それに比べ、女系の先例は皆無。それをやるというのは皇室を皇室で無くすことです。今まで一度も例外なく守られてきたのが男系継承ですからね。

江崎 皇位の安定継承を望むならば、国民の側、政治の側が皇室の歴史、先例とは異なる理屈を持ち出して、これまでの皇位継承の伝統を改悪するようなマネは慎むべきです。先例と異なることをすることは、政治権力による皇室への干渉になりかねず、皇位の安定的継承を脅かしかねません。【『正論』(8月号)】

上念司(経済評論家)/大高未貴(ジャーナリスト)「愛子天皇待望論 次に来る危険」

上念 イギリス王室は百何十位まで王位継承権が与えられています。中には一般人のサラリーマンもいて、「誰も居なくなったら王様やります」という人も少なくない。なぜそうなのかというと、いくら王族を暗殺しても国体を守ることができるからに他なりません。
〔中略〕もしかすると、悠仁親王殿下に子供が十人できる可能性だってある。そのうち五人が男子かもしれない。
そういうことも考えて、私は「皇位継承者リスト」を作成しておくべきだと思います。皇太子さまを始めとして順番を決めておく。それだけでも全然違いますよ。

大高 もう百年は安心、安泰ですよ。

上念 継体天皇のように皇籍復帰を経て天皇になられたような事例は、歴史上、何回かありましたから。
もし皇籍復帰されなくとも、「万が一のことがあった場合、この順番で行きます」というリストをつくって毎年更新していけば、皇室も国民も安心ですよ。皇籍復帰については、その時に初めて議論すればいいじゃないですか。今やろうと思うと、予算の議論などもあります。
皇室を潰したい方々は、「今すぐ皇籍復帰するかどうか」という話にすり替えて批判する。今すぐ皇籍を戻す必要なんてないじゃないですか。リストをつくって公表しなければいいだけのことです。このままだと、皇位継承者は本当になってしまいます。

大高 ここで舵をしっかり取らなければいけません。

〔中略〕

上念 なぜ男系なのかと言われれば、それは二千年間続けてきたからです。たとえば、二千年間も秘伝のタレを継ぎ足してきた鰻屋が、急に新しいタレをつくるのはダメでしょう。それと同じことです。

〔中略〕

上念 あえて言えば、ローマ教皇に近い存在です。ですが、ローマ教皇の万世一系の定義は日本とは全く違います。

大高 しかも、ローマ教皇は歴代男性のみです。ところが一部のクリスチャンの反日活動家はバチカンを棚上げし、天皇については「男系は家父長制の男尊女卑思想だ」などと言って皇室バッシングに余念がない。ダブルスタンダートもはなはだしいですし、そもそも皇室に関して男女差別だという批判は次元が違う的外れなものだと思います。【『WiLL』7月号】

中澤伸弘(都立小岩高校主幹教諭・國學院大學兼任講師)「即位儀礼に関する問題点(六)」

新聞の輿論調査では、女性宮家や女系天皇も可とする数が半数以上を占めてゐるとのことです。しかしながら、この数には本当に女系天皇とはどうのやうなものであるかが理解されずに、皇統の存続上安易に、また同情的に可とした数がかなりあるのではないかと思はれます。〔中略〕我国は嘗て「家」の存続を重要なものと考へてきました。それで血筋よりも家名を守ることに重きが置かれ、養子が入るなどして家名を繋ぐことが極普通になされてきました。そのためこの感覚が皇統の護持においてもつい反映してしまふやいです。皇統が続くなら問題ないでせう、廃絶こそ恐れ多いことだと単純に解釈してしまふのです。しかしこれは間違いであります。
〔中略〕
万世一系とは男系による継承を意味し父方の血筋を辿つてゆくといつか皇祖天照大御神にたどりつくといふと言ふことであり、それが重要なことなのです。この天照大御神の血筋をお持ちの方は現在の皇室のほか、戦後皇籍を離脱させられた旧皇族の子孫の方がおいでになります。そしてこの方々に皇籍を付与し、宮家を再興することが一つの案としてあります。ただこの場合、終戦以前に臣籍に降下された皇族(家)もあつて、どの範囲まで、どの年齢までといつた諸問題が浮上し、なかなか難しい点もないわけではありません。宮家の最高が難しいなら、有栖川、桂などの名家の祭祀を継ぐ形で養子にお入りになることが望まれます。また女性皇族、または一代限りの未婚の女性宮家に、養子や婿としてお入りになれば、その子は男系になるのです。そこで旧皇族の子孫の方などをここに迎えればよいのです。さうなると問題は個人の結婚の自由という問題と言ふところとなり、これも一筋縄ではいきません。【『不二』(6月号)】

大葉勢清秀(日本青年協議会代表)「万世一系の皇統は男系で続いてきた」

女系天皇は、皇室の血筋を引かない民間男性が皇族になることを禁じてきた、つまり、「皇統以外の男子」が「皇統に属する男系の男子」にとって代わることを禁じてきた皇室の伝統を、根底から否定するものである。その危険性についてマスコミは国民に周知するべきだ。
また、「女性宮家」・女系天皇を設けずとも、皇室の伝統に基づく方策として、占領期にGHQの圧力によって臣籍降下を余儀なくされた旧宮家の男系男子孫に皇室に復帰いただく選択肢があることも、マスコミは公平に正しく報じるべきだ。〔中略〕
そもそも宮家の役割は、皇統の危機に備えて皇位継承候補者を出す点にある。宮家を増やすというなら、その本旨を踏まえて、旧宮家の男系男子孫の方々に復帰いただくなど、皇統を支える宮家を確立すべきである。【『祖國と青年』6月号】

門田隆将(ジャーナリスト)「天皇・皇室に牙をむく朝日新聞」

男系というルールによって「権威」と「権力」を分離させ、たとえ時の権力者が天皇家の女性と婚姻関係を結んでも「その子が皇位に就けない」という見事なシステムを構築した日本人。しかし、朝日のようにあらゆる手を使って、日本を日本たらしめているものを排除したい勢力は存在する。二千年に及ぶ決まりさえ途絶させ、悠仁親王の事実上の廃嫡論が公然と主張される今、心ある日本人は彼らの意図を冷静に見極める必要がある。女性宮家の創設から女系天皇への道を探ろうとする野党や、それをあと押しする朝日の目的を考えるとき、私はひとり、背筋が寒くなるのである。【『WiLL』(7月号)

阿比留瑠比(産経新聞論説委員・政治部編集委員)「野党のでたらめ皇位安定継承策」

そもそも、男系否定派の論理は飛躍しており、中には何が何でも上皇陛下の直系でなければ国民の理解は得られないと説く「直系カルト」のような人もいる。
だが、彼らが危惧するような現在は民間人として社会に出ている成人男子に、いきなり天皇になってもらおうなどと説いている男系維持派など見たこともない。
いきなり成人男性を皇族に復帰させずとも、宮内庁嘱託などに就いて、皇室行事や公務の分担などの役割を果たしてもらった上で、その方にお子さまが生まれればその子から皇族とするという方法も考えられる。
実際、産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が五月に実施した合同世論調査では、旧宮家の復帰を認めても良いかとの質問に対して「認めてもよい」(四二・三%)が「認めない方がよい」(三九・六%)を上回っているのである。【『正論』8月号】

中村敏幸(近現代史研究家)「令和の御代を迎え、国民草莽が果たすべき使命 ― 正念場を迎える皇統護持の戦いを勝利に導くために」

天皇の地位は、聖徳を積み重ねてこられたからとか、国民を慈しむお気持ちが強いからとかによって成り立つものではなく、その必要条件は血統の原理、即ち、「父親を遡及すれば初代神武天皇に辿り着くこと」、これが全てであってこの皇統原理から外れたものには皇位継承の資格はない。さらには、大嘗祭において新天皇として完成されることが十分条件である。
〔中略〕
現下、国民草莽に課せられた使命は、御代替わりに伴う一連の皇室祭祀儀礼、取り分け大嘗祭が現行占領國體破壊憲法にとらわれることなく皇室の伝統通りに厳修されるべきとの声を上げて政府を突き動かし、大嘗宮御造営資金の寄付を募ってこれを実現し、更には、その後に正念場を迎えるであろう皇統護持の戦いにおいて、「女性宮家創設」の野望を挫き、「旧宮家のしかるべき男系男子の方の皇籍復帰或いは現在の宮家との縁組」による皇室の藩屏再建こそが皇統護持のために今なすべき唯一正統なる国策であることを満天下にしらしめてこれを実現することである。【『アイデンティティ』(第98号)】

村田春樹(今さら聞けない皇室研究会顧問)「今さら聞けない皇室知識の基礎の基礎 ~なぜ女系天皇ではダメなのか その1 ~」

仮にある姫宮が平民、鈴木某(X・鈴木Y染色体)と結婚して女性宮家を立て男子をお産みになると、その男子は、神武Yを持たず鈴木Yのみ持つことになる。
鈴木親王である。万一、悠仁親王家に男子がお産まれにならなかつたら、鈴木親王が皇位を継いで天皇になり、以後『鈴木王朝』となる。神武天皇以来の神武Y染色体と万世一系の王朝はここに亡ぶのである。
このような事態にならないようにするには、今から伏見宮系統の旧宮家(昭和22年に臣籍降下した11宮家の内、男系男子のいる5宮家)のいずれか適当な男性を撰ぶしかない。そしてこの男性を当主とする新宮家を立て、悠仁親王家に男子が生まれないときに備えるしかない。
どうしても「女性宮家制度」を立法するのであれば「配偶者は旧宮家の男系男子、つまり神武天皇の血統(神武Y染色体)を継いでいるお方に限定する。」という付帯条項を絶対に付けなければならない。【『世界戦略総合研究所 News Letter(第105号)】

馬渕睦夫(元駐ウクライナ大使)「女性宮家創設に秘められた謀略」

神武天皇以来、百二十六代にわたって皇位継承は男系継承によって行われてきました。〔中略〕
この伝統は、高天原の霊性を血統という地上世界の法則に従って継承する先人の知恵によるものである。当時、遺伝学上の染色体という科学的知識がなかったにもかかわらず、男系血統によるY染色体の継承(どの天皇もほぼ同じY染色体をお持ちです)を守ってきた先人の努力に深い敬意を表したいと思います。建国以来の伝統に則った天皇だからこそ、国民はわが国の唯一無二の権威として敬愛してきました。わが国の政体は、天皇という権威と実際の権力行為を行う人々との二権分立です。歴史上いかなる世俗権力の保持者といえども、天皇の権威を超えることは出来なかったのです。かくして、わが国では独裁者は現出しませんでした。
男系天皇が断絶すれば、天皇の祈りの効力が失墜し、皇室制度が崩壊し、わが国のありようが根本的に変容することに加え、わが国が史上初めて独裁国家になってしまう危険が生じます。【『WiLL』(9月号)】

竹内久美子(動物行動学研究家)/深田萌絵(ITビジネスアナリスト)「上野千鶴子 変態フェミニズム論をコテンパン」

竹内 生殖細胞がつくられるとき、メスの「XX」は対になっているので、途中で「交差」という現象が起きます。染色体のどこかにランダムに切れ目が入り、互いの中身を交換してから次のステップに進みます。
でも、「XY」は対ではないので、多くの場合はそのままの形で受け継がれています。
極端なことを言えば、現天皇は神武天皇の「Y」をそのままほとんど変化することなく受け継いでいるのです。その他の染色体に乗っかっている遺伝子については、ほんの数世代でほぼ消え去るのに対して、男系でつなげれば「Y」は永久といっていいくらいに元のままに保存されるのです。
深田 そういうことでしたか!
竹内 「Y」を一貫してつなげているのは、まさに日本の皇室だけ。世界の王室を見渡しても、存在していません。だから羨望の的になるわけです。マスコミは女性天皇論や女系天皇論を盛んに取り上げていますが、おかしな話です。
〔中略〕
深田 今こそ「Y系天皇論」で考えるべきですね。
竹内 皇室の代々の「Y」を持っている男子を皇位に立てる。現在、次の継承者は秋篠宮皇嗣殿下と悠仁親王殿下だけ。戦後、GHQは十一の宮家を廃絶させました。その中で「Y」を持った宮家は現在、四家です。宮家を復帰させるのは一つの方法だと思いますが。〔中略〕
深田 側室制度の復活もあり得るかなと。
竹内 確かにそうです。大正天皇まで百数十年、側室の子どもでつないできました。
大正天皇の時代には側室制度が残っていましたが、お后との間で四人の男子が生まれたため、側室は設けませんでした。その一人が昭和天皇になりましたが、他は男子がつながっていません。
深田 深刻な問題です。側室制度が倫理的におかしいと言われる子ことがありますが、そもそも動物行動学的にはダメなことなんですか。
竹内 優れた遺伝子を取り入れるために必要なことです。ただ同時に性病感染や夫婦関係の破たんなどのリスクもある。【『WiLL』(7月号)

高森明勅(日本文化総合研究所代表)「『神武天皇のY染色体』という妄想」

これまで126代の天皇のうち、言うまでもなく10代は女性。だから、「神武天皇のY染色体」なるものは、受け継いでおられない。
もしそれが本当に皇位継承を正当化する根拠なら、歴史上、10代の女性天皇がおられた事実を、どう説明するのか。一方、「どんなに直系から血が遠くなっても男系の男子には必ず継承されている」(八木氏)なら、平将門や足利尊氏等々も皆、「神武天皇のY染色体」を受け継いでいる。であれば、将門も尊氏等々も(更にその子孫の多数の国民男性も)、それぞれ皇位継承資格を十分に持つはずだ。もう無茶苦茶。
本人の意図はともあれ、論理必然的に、推古天皇をはじめとする過去の女性天皇のご即位を否定し、代わりに臣下(しんか)による皇位の簒奪(さんだつ=奪い取ること)を正当化する結論に行き着く。だから、この論を振り回している人物は、もし皇室の尊厳を決定的に傷付けたいのでなければ、論理的思考力の徹底的な欠如を自ら暴露している事になる。
しかも、「染色体」という自然科学的概念なら当然、(神話には繋がらないので)神武天皇で“行き止まり”になる客観的根拠はどこにも無い。当たり前ながら、それより更に前に、染色体の連鎖が続く限り、どこまでも遡らねばならない。それがどこに辿り着くにせよ、縁もゆかりも無い正体不明の「初代の男性」(八木氏)のY染色体が何故、わが国の神聖なる皇位継承を正当化し得るのか。そんな事は無論、全くあり得ない。
前にも紹介した、「皇統」の概念規定を巡る、「生物学的事実による」のではなく、「一定の名分(めいぶん=身分・立場などに応じて守るべき道義的な分限〔ぶんげん〕)によって限界づけられていなければならぬ」という、里見岸雄博士の指摘(『天皇法の研究』)をもう一度思い起こす必要がある。
…という「国体論」的な批判“以前”に、「理系」的にもとっくに否定されていたようだ。私も先頃、ある医師から「最近の研究では、Y染色体というのは世代を経ると、どんどん崩れちゃうんですよ」という話を聴いていた。その「最近の研究」の出典が気になっていたものの、改めて自力で探し出してはいなかった。
どうやら、国立成育医療研究センターが平成27年にプレスリリースした「日本人男性のY染色体構造変化と精子形成障害の関連を解明(無精子症・乏精子症による男性不妊の診療に役立つ可能性)」(又はその根拠になった「Journal of Human Genetics」掲載論文)らしい。〔中略〕
同リリースによると、Y染色体は意外と“変化”が激しいようだ。「ヒトのY染色体には、欠失(染色体の一部が欠けること)や重複(染色体の一部が増えること)などの構造変化が生じやすい部分があることが知られています。今回、私たちは新たな方法で遺伝子解析を行い、Y染色体の構造変化が従来想定されているよりも多様かつ高頻度であることを明らかとしました」と。【高森明勅ブログ・6月18日】

松崎哲久(元衆議院議員)「皇室の伝統を軽んじる安倍政権」

旧皇族がそのまま復帰するといっても、それには違和感のある国民が多いと聞きます。そこで、皇室が昔から伝統的な知恵を持っていたことをご紹介しましょう。
26代継体天皇は15代応神天皇五世の孫であり、比較的遠い皇統に連なった王族でしたが、即位の際に24代仁賢天皇の皇女・手白香媛を皇后とし、初代神武天皇から続く皇統を繋いだことはよく知られている通りです。
これはあまりにも古い事例だと思われるかもしれませんが、同様の例は歴史上何度も繰り返されています。〔中略〕明治天皇、昭和天皇は男系継承の伝統を守るために、複数の皇統を維持しようとされたということです。この「備える」という大御心を、安倍首相も拳拳服膺すべきでしょう。
旧皇族の中には明治天皇、昭和天皇の子孫で未婚の適齢期の男性がいらっしゃるのですから、その方々が現在の内親王(上皇陛下の直系)、そして大正天皇の子孫である女王の方々と皇統を維持する自覚と責任を分かちあっていただきたいのです。
つまり、旧皇族の一律的な復帰ではなく、皇族女性の「結婚政策」を真剣に考えるべきなのです。女性皇族の人権はどうなるのかという意見もあるでしょうが、個人の自由意思に任せて結婚される方に女性宮家を創立していただくことで果たして本当にいいのか、それとも両性の合意のもとに、皇族としての、皇統を維持する自覚と責任を担っていただくことが必要と認識するのかという選択だと思います。『月刊日本』(令和元年6月号)

原武史(放送大学教授)/君塚直隆(関東学院大学教授)/河西秀哉(名古屋大学大学院准教授)/佐藤信(東京大学先端科学技術研究センター助教)「これからの象徴天皇制を考える」

君塚 皇族の数が絶対的に減ってしまっています。公務が増えてハードルは高くなっているのに、分担できる人の数が減っていく。まずは臣籍降下を見直すという問題が一つあります。しかしそれだけでは一時的なもので終わってしまいますから、「女性」「女系」をどうするのかということになっていくと思うのですが。
河西 公務の負担もありますし、もう一つ、皇后を含めて女性の負担も考えなくてはならないと思います。今のままでは、悠仁親王と結婚する女性にものすごく精神的な負担がかかることは目に見えている。膨大な仕事をこなさなければならないうえに、子ども、しかも男の子を産まなければならない。そのようなプレッシャーを与え続け、女性に犠牲を払わせ続けなければならない制度のままでいいのかどうか。「男の子でなくてもいい」、「子どもは産まなくてもいい」という話をしておかないと、制度として立ち行かなくなるのではないでしょうか。
佐藤 僕より一回り若い学生を教えていると、「象徴天皇」の話をするとき、憲法学説の説明から始めなくてはなりません。皇室神道が残っていて、万世一系で、しかも男性で、さらにその人が「日本国民統合の象徴」と言われたときに、常人の感覚ではポンと腑に落ちない。女性も活躍する社会で、はたして今のまま国民の支持を維持していけるのか、不安定性があるのは確かです。今後、歴史的な経緯について一から教育し、「歴史的に重要な意味があるんだ」と正統性を掘り起こしていくのか、もしくは、象徴天皇や皇位継承の原理がすんなりとは腑に落ちない新たな国民に納得できる形の象徴を作ることで正統性を担保していくのか。これまで思考停止してきたわけですが、自分たちの象徴としての天皇のあり方に、国民、そして政府がどれぐらい積極的にコミットできるかということが、今、問われているのではないでしょうか。
 〔前略〕国民がこれだけ圧倒的に支持しているのは、万世一系イデオロギーを信奉しているからではなく、とりわけ三・一一以後、被災地を訪れる天皇と皇后の姿がしばしば報道されるなど、露出度が上がったからです。〔後略〕
君塚 愛子さまが二〇〇一年生まれですよね。同い年のベルギーのエリザベート王女、二つ下のオランダのカタリナ=アマリア王女、さらに一つ下のノルウェイのイングリッド・アレクサンドラ王女、さらに一つ下のスペインのレオノール王女、全員、女王になるんです。それに先だって、スウェーデンには「ヴィクトリア女王(一九七七年生まれ)」も誕生する。ヨーロッパではイギリスとデンマーク以外はほぼ、同世代は女王になる。相当先の話なのでそこまでは待っていられませんが、愛子さまと同世代の人が女王になっていく、という事実もあるわけです。【『中央公論』(5月号)】

保坂正康(ノンフィクション作家)/所功(京都産業大学名誉教授)/百地章(国士舘大学特任教授)/本郷和人(東京大学史料編纂所教授)/三浦瑠麗(国際政治学者)「『愛子天皇』大論争」

保坂 「愛子天皇」も、「女性天皇」として即位するか、「女系天皇」として即位するかで全く意味が異なるわけですね。そういう歴史を踏まえて言えば、私は「女性天皇」には賛成ですが、「女系天皇」には消極的なんです。「天皇」のありようや国民の理解の変化もあるにしても、基本的な構図が崩れてしまうからです。
 「愛子天皇」はありうるのか、と問われたら、それは将来的にも「女性天皇」を可能とするような法的措置(典範改正)に踏み出すべきだと考えています。〔中略〕しかし、「女系天皇」は歴史上、存在しません。ですから今秋からの政府での検討も、男系男子の即位=女性天皇(一代限り)の可能性までを対象とするに留め、前例のない「女系天皇」を巡る論議・検討は時代に委ねることが現実的です。〔後略〕
百地 ただ、「女性天皇」や「女性宮家」を容認する場合、実際に何が起きるか考えるべきです。皇室とは無縁な民間人の男性が、結婚を機に突如皇室に入ってくることになります。〔中略〕日本の皇位継承は「男系」で一貫してきました。ここで「女系」を認めれば、これまでの伝統は断絶します。皇統とは別の新たな「○○朝」を認めることになります。
本郷 その点はおっしゃる通りなのですが、歴史家で家族人類学者のエマニュエル・トッドさんと議論したことがあって、日本の結婚や家族の形態もずっと同じだったわけではなく、長い歴史のなかで大きく変わってきた、という話になりました。律令政治のころは、夫婦と子供たちという単位で家族が形成され、子供たちは一人ずつみな対等という「単婚小家族」という形態でした。その形態が、長子が跡継ぎになって父母と一緒に住み、他の子どもたちは外に出ていくという「直系家族」の形態に変わっていく。そうした変化が完遂して法律にも書き込まれたのが明治時代というのがトッドさんの見方です。〔中略〕その上で問題なのは「歴史」をどこまで重んじるかです。「男女平等」も、敗戦まで建前としても重視されていませんでした。そこが現在ではかなり変わってきている。だからこそ、皇室のあり方も男性中心のままでよいのか、という議論になるのです。
三浦 人間がどのような家族形態をとるのか、女性をどう扱うかは、その時々の自然条件や資源条件に左右されます。〔中略〕ただ、今日の社会は、非常に多元化していて、サラリーマンも、商工業者も、農家も漁師もいる。すると、財産の相続も、一様なあり方ではなく、それぞれの家の事情において個別に判断しているわけです。しかし、天皇家に関しては、「天皇」の座は一つしかない。だからこそ、「男系男子長子」の直系を求めてきたのでしょう。
ただ問題は、かつて側室が多数いれば子どもがその分多く生まれるので、必ず一人は男子が誕生するだろうという見込みが立てられていたのに、今はそういう状況にはないことでえす。「後継者争いを避けるため」という「男系男子長子原則」の存在理由がそもそも成り立っていません。

百地 〔前略〕皇室は国民の意識から乖離してはいけないにしても、我々の現代的感覚だけで皇室のあり方を議論してよいものでしょうか。
本郷 〔前略〕「女性天皇」が誕生したとて、今の世の中なら結婚を禁止することなどできません。すると、お子さんが産まれます、すると、いくら歴史を持ち出しても、世論は「女系賛成」に流れるでしょう。「女性天皇」がいったん誕生すれば、「女系天皇」が生まれるのは、もう止められないと思います。
百地 だからこそ、私は「女系天皇」だけでなく「(男系)女性天皇」にも反対なんです。法律論としても矛盾しています。〔中略〕皇位継承権の順位は、秋篠宮殿下から悠仁親王まで決まっています。そのように秋篠宮殿下を皇嗣殿下とする法律を作った国会が、わずか三年で「女性天皇」を認めるのは明らかに矛盾です。そんなことが許されるのでしょうか。そういう意味でも、「愛子天皇」は、現実的にあり得ません。
保坂 皇室典範の改正に踏み込めば、「愛子天皇」はおかしくないと思います。
所 仮に「女性天皇」を認める場合でも、併せて直系の長系長子を優先するかによって、継承順位が変わってきます。〔中略〕とはいえ、〔中略〕男系男子にこだわりすぎると、悠仁親王の後に男子が生まれなければ行き詰り、現皇室から遠い傍系に移らざるをえなくなると思われます。
三浦 「女性天皇」を認めても、「皇位の安定的継承」が根源的に解決するわけではない、ということですね。〔中略〕皇室はそもそも身分制ですから、「男系」が良くないとまでは言いません。ただ、客観的状況として「男系」維持が困難だろうということ。それに、現代では保守派も自分の「家」の感覚で「世継は普通男だろ」と投影しているんだと思いますね。〔後略〕
 そもそも歴史上、側室でなく正室の后妃から生まれて即位された男系の子息は、わずかしかいません。〔中略〕
百地 〔前略〕まさに「綱渡り」だったのですが、その「男系」の皇統を支えたきたのが四つの世襲親王家(伏見・有栖川・桂・閑院宮の四宮家)です。〔中略〕
ところが、今はその「支柱」が存在しない。「女性天皇」「女系天皇」をめぐる議論で不審に思うのは、「旧宮家から皇族を」という選択肢もあるはずなのに、推進派がこれを意図的に隠してゐるようにみえることです。
保坂 平成の初め頃に旧宮家の何人かに会ったことがあります。復活には及び腰の印象でした。
 「旧宮家の復活」は、本質的に皇室と国民の区別を明確にしますから、私は好ましくないと考えます。さらに言えば、女性天皇も側室庶子も養子(猶子)も容認していた前近代ですら、皇位と同じく男系男子で継ぐことは容易ではありませんでした。〔中略〕実際、江戸時代の世襲親王家も、庶子・養子を入れても(桂宮家は最後に皇女を養子に迎えても)容易に続かず、伏見宮家以外は絶家となりました。さらに戦後降下した十一宮家も、男子不在により五家が消滅してしまい、残る旧宮家でも必ず男子が生まれて続くとは限りません。
百地 旧宮家の方々はGHQの圧力で皇籍離脱させられたのだから別と見るべきです。そのうち、東久邇、久邇、竹田、賀陽の四家を合わせると戦前より男子の数が増えているし、二十代以下の若い人は八人もいますよ。
本郷 そもそも「我々の祖先が男系を繋いでいこうと努力してきた」という見方自体が間違っていると思います。おそらくそういった意識はなく、女性天皇を置くことが〝イヤ〟だったというわけです。
保坂 それは相撲などの神事のように、儀式を執り行う際に女性を不浄なものと考えていたからですか。
本郷 そうではなく、つまるところ、朝廷には「伝統万歳」という意識があったからでしょう。天皇は男性が多い。それを踏襲したかっただけです。ですから、女性を天皇に建てるというのはまさしく非常事態でした。〔中略〕そもそも「男系」「女系」という発想は、明治以降につくられた考えです。「男系を守る」という意識などとくになかったはずです。
所 「男系」という概念の上に「皇統」という概念があります。大宝元年(七〇一)制定の律令も、男系男子を優先しながら「女帝の子また同じ」と、「女系」を法的に容認しています。しかし事実として、歴史上に知りうる皇統は、すべて「男系」により受け継がれ、八人十代以外は男子により担われてきました。それを「男系男子」にのみ限定したのは、明治以降の法的規制であり、それが次第に無理な状態となりつつあります。
百地 その解釈は疑問ですが、歴史的事実として「男系」でつながってきた。私はそこに不思議なもの、かけがえのなさを感じます。〔中略〕日本では早くから同族婚の慣習が崩れました。そこでなお、皇室を一般の社会から区別するために、「男系を続けるしかない」と直感的に感じていたのではないか。私は、そのように先人たちが守ってきた伝統を大事にしたい。
三浦 「天皇」が権力を持たない憲法上の存在となった今日において、それでもなお「男系男子」を望む合理的理由は、「悠仁さまや秋篠宮さまの継承権を否定して、皇位を取り上げるのはどこか物騒だ」という程度の理由しかあり得ません。それでもなお「男系を守ろう」という感情があるとすれば、その奥底にあるのは「高貴な女性が民間人の男性とセックスするのは嫌だ」という気持ちでしかない。つまり、「斎宮は処女でなければならない」という処女信仰の伝統と結びついているのではないでしょうか。
本郷 それは否定しようがありませんね。
三浦 ただ、若い世代にその意識はありません。

三浦 明治以降つくられた「神道重視の皇室の伝統」も、結局、憲法や皇室典範などの法律で担保されているにすぎません。もし本来の「文化としての皇統の伝統」を重視するなら、むしろ天皇や皇室の重要性が弱まった方がいい。国民から遊離して、国民の関心もなくなる方がいいわけです。しかし、もし民意に基軸を置くならば、七割以上が「女性天皇」や「女系天皇」に賛成だという民意と向き合うしかありません。
本郷 皇族の方の意識も変わってきています。秋篠宮家は「開かれた皇室」という方向に舵を切って、眞子さまと佳子さまは、学習院ではなく国際基督教大学で学ばれました。「自由」とか「平等」という価値観はいったん獲得すれば後戻りはできない。お二人の価値観は、一般の女性とさほどかわらないのではないでしょうか。
保坂 秋篠宮で言えば、「即位辞退」の発言が報道されましたが、そもそも今回の生前退位自体が、明仁天皇の「意思」の表明でした。皇族、とりわけ天皇の「個人としての意思」をどう考えるかは、とても大事な問題であると同時に、極めて微妙な問題でもありますね。『文藝春秋(7月号)

本郷和人(東京大学史料編纂所教授)/工藤美代子(ノンフィクション作家)「愛子さまが天皇になる日」

工藤 〔前略〕もし仮に、愛子さまがご結婚され親王がお生まれになり、次の代の悠仁さまに男児がお生まれにならなかった場合、愛子さまのお子様が悠仁様の次の天皇になるのは当然ではないか、というのが世の趨勢になるのではないか。すると、これまで続いてきた男系男子の皇位継承は崩れることになります。
本郷 〔前略〕皇位継承者があまりにも少ない。
工藤 これもあくまでも私見ですが、現在こんなに皇族が減ってしまったのはマッカーサーの陰謀ではないか、とさえ思っています。〔後略〕
本郷 なるほど。すると皇位継承者が少ないので当然、かつて皇族の籍を離れて民間人となった旧宮家の、皇族への復活という話が出てきますね。
工藤 亡くなられた三笠宮崇仁殿下も寛仁殿下もそのことをおっしゃっており、お二人とも女性天皇には反対のお立場でした。ですが、秋篠宮さまは二〇一七年に誕生日の記者会見で、「仮に後続の員数が減少したとしても、それほどの影響は出ないのではないかと思います。やはり現状では、その人数の中で、できる範囲、できる仕事をしていくのが、適当ではないかと思っております」とおっしゃった。それを聞いて、私は旧宮家の復興という方向はないのかなという印象を持ちました。
本郷 側室制度の復活も現実的には難しいので、男系男子の継承を望む人たちは、いわば悠仁さまにすべての期待を掛けているわけですね。
工藤 旧宮家の復興がないとなると、どうしても、そうなってしまいますね。
本郷 (中略)「行き着くところまで行くしかない」となってしまう……。
工藤 非常に難しい問題です。
本郷 しかし仮に愛子さまが天皇に即位されたとして、一つ目のハードルは「天皇陛下の御婿さんになる男性が現れるのかどうか」という点ですね
工藤 私は、お婿さんは現れると思います。ただ、非常に危惧していることは、今後、皇室を経済的に利用しようとする人たちが出てくるのではないかということです。秋篠宮殿下の内親王・眞子さまと小室圭さんのご結婚延期の際、一時金一億五千万円が話題となりましたが、なかには皇室は「金銭的利用価値がある」と見る人たちもいるのではないかと……。
本郷 一時金は、皇族の女性が一般の男性と結婚して皇族の身分を離れる場合に支払われるわけですね。
〔中略〕
工藤 〔前略〕これは極端な話ですが、一時金がなくとも眞子さまほどの知名度があれば、自伝を書かれたり、講演をなさったり、CMに出演したりと、働こうと思われたらその手段はいくらでもあることは事実です。それを利用しようとする人たちが出てくるかもしれない。とかく今はお金儲けや経済的な裕福さが人々の関心を集める世の中ですから、そうした邪な考えを持った輩が今後皇室に近づかないとは限りません。
本郷 先ほどのGHQのお話ではないですが、アメリカ的な、あるいはヨーロッパ的な自由や平等は素晴らしいことであり、大事なことなのですが、自由や平等を突き詰めたら、行き着くところ皇室はいらなくなってしまう
工藤
 天皇制を否定することになってしまいます。【『HANADA』(6月号)】

所功(京都産業大学名誉教授)「皇位世襲の持続方法を考え直す」

事態を建設的に前進させる一助として、ここでは甲案と乙案を分けて、各々に若干の具体案を提示するので、議論の叩き台にしていただきたい。
まず甲案とは、現行典範の男系男子に限る継承原則を厳守する場合である。また乙案とは、その原則を残しながら、当代の特例として、男系女子の継承(女性天皇)も一代限りで可能とする場合である。
なお、歴史上に前例のない女系天皇は、当面現実にあり得ないことだから、議論を次世代に委ねて、当世代は対象としないことにすべきであろう。
甲案では、三つの具体案が考えられる。まず(イ)は、現行の典範と特例法にのっとって「男系の男子」のみで継承する場合である。
〔中略〕ついで甲案の(ロ)だが、皇嗣の秋篠宮殿下ご自身が、およそ21年後、80歳の兄君が退位されても、74歳で即位して象徴天皇の役割を果たすことは現実的に難しい、と自ら語っておられると報じられている(「朝日新聞」4月21日朝刊)。もしそうであるならば、今上陛下の次は甥(おい)の悠仁親王が継がれることになるほかない〔中略〕
念のため、前近代には、当帝に皇子がない場合、その兄弟や宮家の王(親王の子)を養子、つまり猶子(ゆうし)に迎えて、親王に引き上げて後継者とした例が多い。また、宮家の後継王も当帝の仮養子として親王になるから宮家を相続することができた。
さらに、甲案の(ハ)は、(イ)でも(ロ)でも、皇位を継承される悠仁親王の後に必ず男子が生まれるとは限らない。とすれば、万一に備えて男系男子を確保しておくため、旧宮家子孫の中から適任者を選び出し、やがて皇族に迎える案も検討するような必要があろう。
ただ、旧11宮家でも男系男子の相続が原則のため、既に7家が若い男子の不在で続かず、これからも残るのは久邇(くに)、賀陽(かや)、東久邇、竹田の4家しかない。そのうち一般国民として生まれ育った当代の若い男子が、やがて皇族となれる要件を具備するのは相当難しいと思われる。
一方、乙案にも、三つの具体案が考えられる。前述の通り、男系男子の原則を残しながら、当代の特例として男系女子の継承を一代限りで容認する案である。ここでは失礼ながら、高齢の常陸宮殿下と、将来高齢になれば即位困難と自認されている秋篠宮殿下を議論の対象外として考察する。
まず、乙案の(a)は、男系の男子を優先するが、男系の女子も可能とするものである。〔中略〕
ついで乙案の(b)は、男系の男子を優先するにしても、直系・長系の長子を優先する場合である。〔中略〕
さらに乙案の(c)は、もし万々一、悠仁親王にも愛子内親王にも御子が生まれないような場合まで想定している。旧11宮家のうち、現存する前述の4家の中に、若い男子で将来皇室に迎えられるほどの若い適任者たちがいたとしよう。
その場合は例えば、専任でも臨時でもよいが、宮内庁職員として勤めながら現皇室との関係を深めることが望ましいと思われる。また、もしそのような適任者の中から、皇族女子と結婚されることが可能になるならば、その間に生まれる王子に皇位継承の資格を認められやすくなるとみられる。
なお、天皇と内廷皇族を支える宮家は、皇位に準じて男系男子が相続すべきものと考えられ、行われてきた。しかし、男系女子による相続を否定する明文は見当たらない。事実、近世の桂宮家は皇女が養子に入り当主となった。しかも、現在の宮家の実状を正視すれば、常陸宮家には御子がなく、また他の三家も女子しかない。
したがって、現存の宮家を残すには、少なくとも三笠宮家の彬子(あきこ)女王(37)か瑤子(ようこ)女王(35)、高円宮家の承子(つぐこ)女王(33)、及び秋篠宮家の眞子内親王(27)か佳子内親王(24)の各お一人は、一般男性と結婚しても当家を相続できるようにする必要があろう。
その場合、当主と同様に夫君も子供も皇族の身分とすべきであるが、その夫君は当然皇位継承の資格を持ち得ず、その子供も同様とする。皇族の身分とするのは、そうしなければ家族として一体になれないと考えるからである。ただ、万が一、内廷に皇子も皇女もいないような極限状態に至るなら、女子を当主とする宮家の子孫にも皇位継承の資格を認めることも検討しなければならないが、それは次世代に委ねるほかない。【IRONNA・6月12日】

水間政憲(近現代史研究家)「男系男子皇位継承者の存在を隠したのは誰だ!」

女性宮家が実現すれば、女系天皇を求める勢力の声が大きくなり、やがて雪崩を打って容認されることになるでしょう。女系天皇が誕生すれば、百二十六代、二千六百年以上にわたって連綿と継承されてきた男系による皇統は断絶し、国家としての根幹が揺らぐことになります。女性宮家創設によって、いよいよ日本が日本でなくなってしまうのです。
では、男系の皇位継承を守るために何をすべきか。それは、上皇陛下が「退位」なさったときと前例を踏襲し、特例法(特措法)で「旧皇族の皇籍復帰を可とする」と記すことにほかなりません。
〔中略〕
上皇陛下の姉である照宮さま(成子内親王)は、皇族の東久邇宮盛厚王(明治天皇の孫)に嫁ぎ、信彦(昭和二十年生、平成三十一年三月二十日没)、秀彦(昭和二十四年生)、眞彦(昭和二十八年生)と三人の男子が誕生しました。今上陛下、皇嗣殿下の従姉妹にあたる三名の祖母は明治天皇の聰子内親王のため、より濃い「天皇の血」を受け継いでいるといえるでしょう。さらに、それぞれ一人、二人、二人と合わせて五人も男子のお子さんに恵まれており、彼らは悠仁親王殿下の又従兄弟に当たります〔中略〕。
また現在、旧皇族より皇位継承順位の高い皇別摂家の子孫が五十一名もいらっしゃることもわかっています。「皇別摂家」とは、五摂家のうち江戸時代に皇族が養子に入って相続した後の三家(近衛家・一条家・鷹司家)およびその男系子孫のこと〔中略〕
旧皇族と「皇別摂家」、そして現在の皇族を合わせれば、百二十名もの男系男子がいらっしゃることになります。
〔中略〕
このたびの譲位・即位の儀式に際し、日本列島は雨雲に覆われました。太陽神として伊勢神宮に祀られる天照大神の賛同が得られていないかのようでした。
〔中略〕
一連の退位・即位に際し、メディアは天皇と皇后を同格であるかのように扱っていました。これも、女性宮家・女系天皇への世論誘導にほかなりません。【『WiLL』7月号】

富岡幸一郎(文藝評論家)「皇統を守るために ― 現行憲法と皇室典範の改正を急げ」

国民は、〔中略〕今上天皇(現・上皇 ― 編集部注)の「象徴」としての全身全霊の働きを受け止め、今日「天皇制」廃止を訴える勢力はたしかに少なくなっている。しかし、戦後憲法に規定された「象徴天皇」は依然として皇統の歴史にとって不安定なものであることには変りはない。
なぜなら、一条の「天皇の地位」は「主権の存する日本国民の総意に基く」とあり、そのかぎりにおいて主権在民の共和政体と見なさなければならず、それは第二条の「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」という立憲君主制といえる規定と明らかな矛盾、分裂をきたしているからである。したがって、法典上は、「象徴天皇制」はなお不分明かつ不安定なものであるといわざるをえない。
そうでなければ、かつて三島由紀夫が『文化防衛論』(昭和四十三年)で危惧したように、共産主義体制下の「天皇制」すらありえるのである。冷戦が崩壊してそんなことはありえないというのは間違いである。〔中略〕戦後民主主義・憲法九条そして「象徴天皇」のトライアングルにおける日本共和国の可能性を、左翼リベラル勢力が実現することは十分にありうるのだ。
これにたいするいわゆる保守派の天皇・皇室論は、そういってよければあまりに旧弊でありすぎる。いうまでもなく、「皇嗣」が不在になるという、すなわち天皇と皇室の存続の危機にたいしてである。
いわゆる保守派のなかにある天皇・皇室へのイメージとは、明治以降の大日本帝国憲法下の「天皇」が強烈な残像として未だあるように思われる。
〔中略〕
これは女系あるいは女性天皇にたいする強い反発や批判において決定的な硬直性を示している。〔中略〕
明治以来の「男系男子」を絶対視する人々は、旧宮家から適格者をむかえよと主張するが、そもそも旧宮家の人間にそのような意思があるのか、仮にあったとしても皇族になるにふさわしい経歴や資質があるのかなど問題点は多い。女性宮家の創設こそがむしろ急がれねばならないのではないか。皇統の歴史では十代、八人の女性天皇の前例もあり、女帝の子にも皇位の継承を認めていた。明治維新以降の天皇の在り方は、西洋列強の力に拮抗するための林房雄の言葉を借りれば「武装せる天皇制」であり、陸海軍の大元帥であり「神聖」天皇であらねばならなかったのは、この国の天皇・皇室の長い歴史のなかでも例外的な時代だったといえよう。今日の日本において天皇にそのような軍事的かつ政治的な大権を荷わせる必要はない。むしろ「文化概念としての天皇」(三島由紀夫)こそが、新自由主義とグローバリズムによる数々の伝統破壊のなかにあって、真実の「国体」としての天皇像として求められているのではないか。【『表現者クライテリオン』(5月号)】

八幡和郎(評論家・徳島文理大学教授)/村上政俊(元衆議院議員・皇學館大學講師)「『エンペラー』は天皇陛下だけ」

八幡 日本人は万世一系を誇るあまりに、ヨーロッパの君主が伝統的な血筋を守っていることをあまり知らないように思います。
村上 イギリスの王位継承も男系中心で、女王や遠縁を補助輪としながら続いていきました。イギリス王の血統は、十一世紀(一〇六六年)のノルマン征服からずっと続いています。
八幡 王朝が変わったといっても、女系相続で名前が変わっただけで、血統は維持されています。ただし、イギリスではもともと女系での継承を認めてきたからなのであって、日本の皇位継承で女系を認めると、君主としての正統性を傷つけると考えるのは当然です。ヨーロッパでも、継承順位を変えるのには慎重ですね。
村上 ヨーロッパの場合、特定の王様あるいは王族の子孫であることが求められます。〔中略〕
なぜなら、日本のように神武天皇や天照大御神まで限りなく無限に近い形で遡れるわけではないからです。皇室典範には特定の人物、例えば明治天皇の子孫に限るとは書いておらず、皇統に属する男系男子というだけですから、大きな違いだと思います。
ヨーロッパでも基調は男系継承でしたし、いまでもリヒテンシュタインでは男系男子による継承が続き、継承権を持つ人は約五十人います。
編集部 男系男子でなければいけないのですか。
村上 リヒテンシュタインではそう決められています。しかし、イギリスでは二〇一三年に成立した王位継承法によって、男女問わず、先に生まれた者が継承することになりました。エリザベス女王の次はチャールズ皇太子、そのあとは長男のウィリアム王子で、その長子がどちらになるか、キャサリン妃のご懐妊で注目されましたが、結局は男の子(ジョージ王子)でした。
八幡 ヨーロッパの王権は、天皇家よりも徳川や島津など封建領主に近いので、王位継承権は財産相続の一環であり、原点が根本的に違います。
男系か女系かの争いは、百年戦争の引き鉄になりました。フランスのカペー朝は十世代以上も順調に男子が続きましたが、ある国王に子供がいなかったので、当時のイギリス王エドワード三世は、母がフランス王の娘であることを理由に、フランス王位継承権を主張して戦争を起こします。
フランス側はそれを拒絶するために、古代フランク族の相続原理としてサリカ法典を持ち出し、男系に限定するのが伝統的な財産継承としたわけです。ただしそれは、フランス、ドイツ、イタリアなど旧フランク王国のみで、関係のないイギリスは通常の財産相続の原理に従い、男の子がいなければ女の子に継承させるようにしました。
村上 イギリスはヨーロッパであってヨーロッパでないといわれるように、大陸のサリカ法典とコモンローの違いは大きいと思います。
八幡 大陸ヨーロッパで、自分の娘に相続させたい王様が出ると、争いになります。典型的な例はハプスブルク家で、娘のマリア・テレジアに相続させようとして、オーストリア継承戦争が起きました。〔中略〕同じような問題で、スペインでも継承戦争が起きています。【『HANADA』(6月号)】

八幡和郎(評論家・徳島文理大学教授、実的な皇統維持策」

皇位継承は、神武天皇以来、万世一系を前提に維持されてきた日本人と皇室のきずなの中で受け継がれてきたものであって、その時々の陛下との距離の近さで原則が曲げられてはならない。特に「愛子天皇待望論」の主張は、秋篠宮殿下や悠仁様を廃嫡してという話なのだ。悠仁様に男子の後継者がなかった場合には、女帝・女系の是非も検討しろというのより格段に過激な話なのだ。
〔中略〕いずれにしても、次世代の天皇は悠仁様であり、もし、悠仁様に男子がなかったら、あるいはあったとしても控えとなるべき皇統継承者が少なくては不安だという問題意識で論じるのが建設的だ。
しかし、残念なことに、現在のところ、男系男子に限るべきだという意見と、遠縁は排除されるべきなので、上皇様や今上陛下に近い女帝や女系を優先させろという両極論に分かれたまま、時間ばかりがここ十年余り無駄に過ぎてきた。
〔中略〕
私が思うのは、必要なのは、建前として立派なのではなく、現実的に機能するシステムだということだ。そして、もうひとつは、必要もないのに白黒つけなくてよいことは先延ばしにしてもいいと思う。
〔中略〕
私が提案しているのは、悠仁様の同世代ないし、それに近いところで、数人の若い男子に皇族になっていただいて、さまざまな事態に備え、そして、もし、悠仁様に男子が生まれなければ、そうした「新しい皇族」のそのまた「子ども世代」から皇太子を出せばよいということだ。
〔中略〕
次に、彼らを皇族にする場合の形式は、昭和二十二年以降に存在した宮家の猶子のかたちをとることを提案したい。猶子というのは、準養子だ。具体的には、常陸宮、秋篠宮、秩父宮、高松宮、三笠宮、桂宮、高円宮である。
年齢は二十歳前後が適当だ。本人の資質を見極め、意向を確認し、かつ、宮様教育をするために遅すぎないタイミングを選ぶべきだ。結婚も妃殿下になることをを前提にしてもらわねばならない。
それでは、新しい皇族を選ぶにあって、どうしても三つもパターンを提案するかと言えば、男系論、女系論の不毛の対立を克服するには、両方の可能性を残すしかないし、できることなら合わせ技もあったほうが二者択一にならなくて納得を得やすいと思うからだ。
また、皇位継承者の存在を安定させるためには、旧宮家の復帰でも、眞子様・佳子様・愛子様の子孫からのどちらも、数として不十分である。英国では皇位継承候補は五千人ぐらいいる。そこまででなくとも、数十人から数百人くらいはいないと確実性はない。
上皇様の四人の孫の子孫が百年後に誰もいないという確率も、それほど低くはない。四人という数からだけでなく、よく似たDNAであれば、誰も子供を残さない危険性は数学的にはじいたより大きい。だから、女性宮家を認めれば安心だから、旧宮家や明治・大正・昭和帝の除籍しそんな祖排除してもいいと言う議論は既に暴論なのだ。
第一のパターンは、旧宮家の男系男子孫のうち、明治天皇以降の女系子孫である者だ。具体的には、北白川、朝香、東久邇、竹田の四家だが、北白川家は男系男子がいなくなりそうなので、三家であるが、該当する男子の数は結構多い。
この人たちは、そのままどこかの宮家の猶子にしても違和感がない。そくに、東久邇家については、常陸宮殿下の姉である成子様の子孫であるから、常陸宮家を継がれたら万事順調だ。〔中略〕
第二のパターンは、眞子様・佳子様・愛子様の男子である(悠仁様に娘が誕生したらそれも含む)。女性宮家論の致命的な欠陥は、男系男子でないというだけでなく、眞子様が小室圭氏と結婚したら小室氏が皇族になって殿下になることであって、これは耐えがたい。それは、小室氏のように資質が問題にされるからだけでなく、そもそも一般人男性を殿下などにしたくないのが普通の感情だ。
しかし、彼女たちの子どもならどうかというと、小室圭氏を皇族にするのよりはましではないか。また、本人の資質や良い育てられ方をしているかで選別もできる。
〔中略〕
もちろん、Y染色体論からいえば好ましくないが、旧宮家の復帰も同時に認めるということを条件に男系論派も妥協してもいいのではないか。そもそも、悠仁様に男子ができれば空振りになるのだし、いまから数十年後に我々の孫たちの世代が議論して男系男子よりこちらを選んだのならもう仕方ないのではないか。
〔中略〕
第三のパターンは、男系男子と皇族女子が結婚してできた子孫である。〔中略〕江戸時代初期の後陽成天皇以降の天皇の男系男子子孫は、旧宮家以外にもいる。
戦前に宮家の次男坊以下は、皇籍離脱して侯爵や伯爵になって「賜姓華族」と呼ばれている。また、江戸時代に近衛、一条、鷹司家に養子に出た三人の男子の子孫は、「皇別摂家」といわれる。德大寺、住友、南部、近衛分家(指揮者の秀麿の子孫)などがそうだ。
これらの人々は、そのままでは、皇族候補になりえないだろうが、皇族の女子と結婚したらその子孫は候補たり得る。皇族の女性の範囲はいかようにでも設定できるが、例えば大正天皇以降の女系子孫すべてでいいのではないか。三笠宮・高円宮の女子や孫がこうした人たちと結婚して生まれた子どもがこれら宮家を復活させてもいい。
旧宮家の男子と皇族女性を結婚させたらという議論もあるが、旧宮家によっては現皇室と血縁的に近すぎる方も多いし、選択の幅が小さすぎる。範囲を広くとり、うまく縁談が成立すればということなら良いと思うし、宮内庁も少し汗をかいてもいいと思う。
私は、この三つの方式で皇族となる男子は、資格があれば自動的になるということではなく、有資格者の中から選べば良いし、新しい皇族の中から皇嗣を選ぶ場合も、優先順位を最初から決めない方がいいと思っている。
なぜなら、従来の原則を変えての継承の場合は、権威を保つためには、本人の年齢とか資質が厳しく問われることを歴史が教えているからだ。また、本人の意向も考慮せざるを得ない。さらに、悠仁様を継承するとしたら、年齢差が適切か、男子がいるか、悠仁様との相性が良いかも考慮せざるを得ない。
〔中略〕
また、有資格者の名簿は宮内庁で、皇統譜付属資料のような形で管理すべきだし、そうすれば、その対象者は、いずれこういうこともあり得るという前提で子育てなどもすることになり、行動も慎まれると思う。
〔中略〕
旧宮家や皇族女子の子孫が、そういう意識をもてば、皇室の藩屏として機能するだろう。そもそも、皇室の値打ちは、皇族が優れたDNAをもっていることに起因するものでなく、皇族を育て、支える全体システムにあったはずだ。ところが、戦後、宮中が瓦解し、そういう機能が失われたのが皇室が混乱している原因でもある。それが眞子様と小室圭氏の問題に表れたわけで、教育も管理も十分できてなかったのであるが、こうしたシステムがあれば、分厚い皇室関係者が育つことが期待される。【『正論』7月号

衛藤晟一(参議院議員・内閣総理大臣補佐官)/山岡鉄秀(AJCN代表)「やればできる!旧宮家の皇籍復帰」

山岡 男系がずっと続いてきたのは側室制度があったからで、明治天皇も大正天皇も側室の子です。NHKスペシャル『日本人と天皇』では、百二十五代のうち約半分が側室の子と見られている ― という報道もありました。側室制度がないなかで、男系を維持していくにはどうしたらいいと。
衛藤 側室制度がなくても三家か四家、宮家を増やせれば皇位の安定的継承は可能です。ただ、その宮家をどう増やすかが課題です。
昭和二十二年に十一宮家が臣籍降下されましたけれど、そのなかに皇統を引き継ぐ男子、二十五歳以下の男系男子は現在、相当数おられる。「誰ですか?」とよく訊かれるのですが、まあ、言えないですよね(笑)。したがって、側室制度がなくても問題はないと思います。〔後略〕
山岡 皇籍を離脱された方を復帰させるということは、力業がいりますよね。ご本人たちのなかにも、復帰したくないとおっしゃっている方がいらっしゃるという話もありますが。
衛藤 全員に一律に皇籍を取得していただく必要はない。宮家を創設し、皇位の安定的な継承を確保することは先人の知恵ですよ。「今のままでは安定的な皇位継承は厳しいので、力を貸してほしい」とお伝えすれば、相当の方々が取得していただけるだろうと思いますね。
多くの方々は、GHQの統制のもとで皇族の身分を失われ、七十年間、民間人としての曲折を経ながらも、旧皇族としての誇りをもって生きてこられたと思いますよ。先ほども述べたように、男系の血統を繋いでいる方々が存在しているなかで、女性天皇や女系天皇を議論するのは早急に過ぎると思います。【『HANADA』(8月号)】

和田政宗(参議院議員・自民党広報副本部長)「女系天皇は断固阻止!」

メディアは、女系天皇について「国民から容認されている」という世論をつくろうとしている。
しかし、我々はそうした動きに対抗しなければならない。女性天皇は過去八人十代おられるが、父方が天皇に繋がらない女系を認めてしまえば、天皇家の万世一系の流れは途絶える。それは日本国の歴史と伝統の破壊であり、日本国がこれまでと全く違ったものとなりかねない。
「女性宮家」創設論も「女系天皇」につながる可能性があり、気を付ける必要がある。「現在の女性皇族がご結婚し皇室を離れれば、皇族が少なくなってしまう」として女系宮家創設につなげようという論は、本当にそういう思いからなのか、女系天皇につなげようとしているのかをしっかりと見極めなくてはならない。【「WiLL」7月号

枝野幸男(衆議院議員・立憲民主党代表)

早急に、そして政党間あるいは政治的な政局的な議論にすることなく、落ち着いた環境で国民合意を得て、安定的な皇位継承を可能にしていかなければならない、象徴天皇制を守らなければならないという強い意志を持っています。
象徴天皇制を守っていくためにも幅広い合意を作っていかなければならない。そこに向けてどういう枠組みでどういう風に議論を進めていくのかをしっかりと提起をしていくにあたり、われわれは論点整理をしました。
論点整理の中では、女性天皇や女系天皇などについての論点整理や、一つの考え方を示していますが、結論はまったく出していません。われわれとしてはこういう論点があるとか、こういう論点の中でこういう考え方があるとか、こうした考え方が一つの考え方として望ましいのではないか、という整理はしました。
しかし結論は出していません。結論を出してはいけないと思っています。なぜならば、幅広い国民合意を得なければならないので、わが党はこうだ、あの党はこうだということになってしまったら、幅広い国民合意にならずに象徴天皇制の不安定化を招くと思っていますので、そうったことをするつもりはありません。
明確に私が申し上げたら、政治的な争点になります。政治的な争点の結果では、どういう結論になったとしても、国民の統合の象徴として象徴天皇制に矛盾するような客観状況を作ることになります。
したがって、それぞれの考え方はありますが、結論を導いていくプロセスは、合意を積み重ねていくというプロセスをしていかなければならないので、私はこうだ、わが党はこうだ、という考え方はベースにはそれぞれあると思いますが、静かな環境の元で、しっかりと議論を積み重ねていくことが大事なので、その議論をするための論点整理はいたしました。現時点で、立憲民主党としてこれで行くべきだとか、これがいいんだという結論は出していませんし、出すべきではない。どの党も出すべきではないと思っています。【記者会見・6月12日】

玉木雄一郎(衆議院議員・国民民主党代表)

我が党もさまざまな議論をしましたし、これはあえて申し上げますが、例えば徳永エリ男女共同参画本部長も入った中で議論をして、やはり長年の伝統であるこの男系の流れというのは、相当慎重な議論をしないと、これは軽々に変えられないと。少なくとも時期尚早だということで、我々としては慎重な立場をとるということを決めました。
これは、伝統というのは、もちろん人間の英知で全てはかれるものではなく、長く続いていることそのものに意義があることがあります。歴史の風雪に耐えて残っていることは、実はさまざまな障害を乗り越えて制度・政策というのは残っていくので、その意味では伝統というものを尊重しようと。我々の考える皇統の安定的な継続性という「皇統」は、少なくともこれまでは男系で維持されてきた皇統を意味しますから、それはまず大切にしようというのが大前提です。
ただ一方で、皇室の現状を見ますと、皇位継承については極めて脆弱な状況になっていることは明らかです。とりわけ、今の制度ですと、若い女性の皇族方がご結婚されるということになると皇籍を離脱していかれます。女性の皇族方が今多い中で実は残された時間がそう多くないという危機感と緊張感の中で、我が党としては今回の考え方をまとめさせていただきました。その中で、愛子様については、お年のことも踏まえて、そしてまた天皇の地位は「国民の総意に基く」と憲法上あることからも、最近の世論調査を見れば女性天皇を容認する国民の姿勢というものも高いものがありますから、そういったものを踏まえて、歴史上も例のある男系の女性天皇については速やかにこれを容認すべきだというところで、まず私たちの結論を得ました。
その先の、女系天皇については、先ほど申し上げたように、この歴史の重みということについてやはり謙虚に慎重に向き合わなければならないということで、今回の取りまとめにさせていただいております。
〔中略〕
一歩一歩やっていくことが大事だと思います。少しずつ可能性を広げていくということが大事かと思っていますので、私ども女系天皇は時期尚早ということは、まず生まれてもいない愛子様のお子様について何か言う、あるいはご結婚の相手方についてのことを何か前提を置いて議論するべきものでもないということで、とりあえず今の状況から少しでも一歩でも前に進むこと。そしてまた多くの国民の一定のご理解が得られるような範囲で具体的な提案をさせていただいたということです。【記者会見・6月12日】

志位和夫(衆議院議員・日本共産党中央委員会幹部会委員長)

─ 女性・女系天皇について共産党の立場を教えて下さい。

これは今まであまり説明したことがないのですが、私たちは女性・女系天皇を認めることに賛成ですし、性的マイノリティーの方など、多様な性を持つ人びとが天皇になることも認められるべきだと考えています。
天皇は憲法で「日本国民統合の象徴」と規定されています。様々な性、様々な思想、様々な民族など、多様な人々によって構成されている日本国民を象徴しているのであれば、天皇を男性に限定する合理的理由はどこにもないはずです。かくかくしかじかの人は排除する、ということはあってはなりません。天皇には男性だけがなれるという合理的根拠を説明できる人がいるなら、説明してほしいと思います。同じ理由で、私たちは女系天皇を認めることにも賛成です。

─ 女系天皇には、保守派から「伝統に反する」という声が強いようです。

伝統と憲法とが食い違ったら憲法を優先させるべきだ。それは、一貫した我々の立場です。
皇位継承者を「男系男子」と定めたのは旧皇室典範です。現行の皇室典範は、戦前の絶対主義的天皇制と一体につくられた旧皇室典範を、戦後、日本国憲法が成立した際に、「側室制度」など新憲法に照らして明らかに不適合とみなされた部分だけ削って存続させたものなので、いろいろな矛盾が残ったままです。皇室典範を改正し、女性天皇を認めることは、日本国憲法の条項と精神に照らして合理性を持つと考えています。【『AERA』6月17日号】

四宮正貴(四宮政治文化研究所代表)「皇室に関する神聖なる事柄を、政府・国会で決めるのは、権力が権威を、俗が聖を、権力国家が信仰共同体国家(祭祀国家)を、政体が國體を規制する事となる」

「皇位継承」といふ國體の根幹に関わる神聖なる事柄について、政争と離合集散に明け暮れ、きちんとした国家経綸を確立しているとはとても思えない今日の政党や政治家が、色々と発言したり意見を出したりすることに対して、私は大きな違和感を覚える。
皇室に関する事柄を、政府・国会で決めるのは、権力が権威を、俗が聖を、権力国家が信仰共同体国家(祭祀国家)を、政体が國體を規制する事となる。これは國體破壊であると言っても言い過ぎではない。
〔中略〕
「皇位継承」「『皇室典範』改定」は、日本國家を體現される御方の「御位」(みくらい)に関する事柄であり他の政治権力問題とは全く性格を異にする。また、皇位継承とは、『天津日嗣の高御座』の繼承である。普通一般の國家の國家元首・権力者交代とはまったく次元を異にする。
ゆゑに権力機構が多数決で決めてはならない。また、『天皇のご意志を伺はなくていい』などといふ議論は全く間違ってゐる。日本の傳統の根幹に関はることなのであるから、日本の傳統の體現者であらせられる天皇の御意志を奉じて決められるべきである。
〔中略〕
わが國においては、現御神日本天皇の「大御心」「勅」(みことのり)が絶対にして最高の「法」である。「詔勅」は神の御意志なのである。「皇位」は「天津日嗣の高御座」と申し上げる。これは、「高天原にゐます天照大御神の靈統を繼承される御方の座される高い御位」といふほどの意である。まさに神聖不可侵の「御位」なのである。その神聖なる御位=「天津日嗣の高御座」の繼承のあり方を、権力國家の行政機関や立法機関で決定しては絶対にならない。あくまでも天つ神の御意志・神代以来の傳統に基くべきである。
そして神の御意志・肇國以来の傳統の體現者は、上御一人日本天皇であらせられる。天つ神の地上におけるご代理=現御神であらせられ、神代以来の傳統の繼承者・體現者であらせられる天皇陛下の大御心に帰一すべきである。これが一番大切である。臣下が上御一人に対し奉り、建言し意見を申し上げることはあり得ても、いかなる権力者であらうとも、いかなる立場の者であらうとも、臣下が議論して決めるべきではない。【四宮政治文化研究所ブログ・6月15日】

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